ふたりだけのアクアリウム
自然な流れで、私たちは夜ご飯を食べに行くことになった。
たまたま通りかかった定食屋さんの前で、私のお腹が鳴ったからというのが一番の理由だ。
思い返せば、ふたりきりで食事するのは初めてだ。
じっくり腰を据えて向かい合うのは、沖田さんちにお邪魔したあの日以来。
あの時と決定的に違うところは、たぶん、少し心の距離が近くなったところだ。
ただの同僚ではないということだけは、自分でも感じ取っていた。
「僕がいつも行ってるお店があってね、そこで良くしてくれる店長さんが色々教えてくれたんだ」
目の前に出された海鮮丼に夢中で食いついていたら沖田さんが話し出したので、私は箸を止めて「え?」と聞き返した。
「海鮮丼の話ですか?」
「水草水槽の話」
「あっ、すみません……」
海鮮丼にテンションが上がって、頭の中は新鮮な魚介類のことでいっぱいになってしまっていた。
魚は魚でも、違う魚の話だ。
食事にガッつく卑しい女だと思われたらどうしよう、と顔を赤くしていたら、押し殺したようなクククという笑い声が正面から聞こえてきて、ますます恥ずかしくなった。
「良かった。この間、落ち込んでたから。大丈夫かなって心配してたけど、思ってたよりも元気そうだね」
沖田さんの言う「この間」というのは、ヒロの奥さんに会った夜のことだというのはすぐに分かった。
あの日交換した電話番号にかけたことはまだ無い。
「沖田さんは私に何があったのかとか、そういうことは聞かないんですね」
温かいお茶を飲んで一息ついてからそう言うと、彼は私と同じ海鮮丼を口に運びながら肩をすくめた。
「話したくないかもしれないし、嫌なことなら思い出させたくないし、悲しい思いはしてほしくない」
答えてから、「それだけだよ」と微笑む。