ふたりだけのアクアリウム


この人は、本当に「いい人」なんだな。
癒し系なんて一言で片付けられないくらい、周りをよく見ている。

自分の発言で誰かが傷つくことのないように、常に配慮して言葉を選んでる。
それがどんなに大変なことか、私には計り知れない。


会社では全然目立たないし、営業成績もそこまで振るわないし、係長に目をつけられて怒鳴られたりもしているけど。

芯が、通ってる。


もっと認められてもいいのに。


「あっ、そうだ」


そこで思い出した。とても大事なことを。
会社で会っていたなら、目の前に書類を差し出して説明出来るのに。
でもとりあえず、報告しなくちゃ。


「今日、綱本係長に書類のシュレッダーを頼まれたんですけど。その中に沖田さんが取り付けた契約書まで入ってたんです!例の、法人の大口契約の。あれってわざと紛れ込ませたんじゃないかと思って。一式ファイルに入れて、私のデスクに保管してますから。明日渡しますね」


一気に話し切って、沖田さんの反応を待つ。

きっと「係長酷いなぁ」とかそんなことを言って、明日あたり抗議に持っていくのかと思っていた。


だけど、実際はそうじゃなかった。


「ううん、あの書類はシュレッダー行きだよ」


あろうことか、沖田さんは横に首を振ったのだ。


━━━━━あの書類はシュレッダー行き?


「え?どういうことですか?契約ダメになっちゃったんですか?」

「ううん、違うよ。ちゃんと成立してる」


話が見えなくてアタフタしている私とは対照的に、沖田さんは落ち着いていて、むしろケロッとしている。
その顔で、当然のように続けた。


「佐伯さん。それが、僕の地雷なんだよ」


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