ふたりだけのアクアリウム
「個人ならまだしも、法人の場合は営業マンの人柄なんて全然見てないからね。担当が替わったとか話してしまえばそれで終わりなの。今回もそうなると思う」
沖田さんは、穏やかに笑っていた。
それはまるで、大きな水槽でゆらゆらスイスイ泳いでいた熱帯魚みたいな、ふんわりした優しい笑顔。
だけど、その笑顔は彼の家で見た素敵なそれじゃなかった。
笑わないで、と初めて思った。
「佐伯さん、どうしたの?」
私があまりにもしゃべらないからか、沖田さんが心配そうに眉を寄せて顔をのぞき込んできた。
それを見たら、じわっと涙が滲んだ。
「えっ!?佐伯さん!?だ、大丈夫!?」
今まで見たことがないほど、沖田さんはオロオロして、目をまん丸にして、慌てふためいていた。
喉の奥に込み上げてくるものを感じながら、鼻もツンとした。
涙声で絞り出す。
「悔しいです」
私が泣いたってどうにもならないけど、いや、目に涙が溜まってるだけでまだ泣いてないけど、とにもかくにも悔しい思いでいっぱいだった。
向かいの席では、沖田さんが鞄をひっくり返しそうな勢いでハンカチを探している。
「悔しいです、沖田さんの頑張りが無駄になって。どうして笑うんですか?こんな話で笑わないでくださいよ。お人好しにも程があります!」
思わず責め立てるような口調で言い捨てたら、彼はどうにか鞄から見つけたらしい少しだけヨレたハンカチを握りしめてうつむいた。
「………………ごめんね」
謝ってほしくて言ったんじゃないのに。
私たちは海鮮丼を食べ切らないうちに、お店をあとにした。