ふたりだけのアクアリウム


定時で仕事を終え、「金曜日だし、このまま飲みに行かない?」と茅子さんに誘われて、予定も無いしすぐにうなずいた。

彼女はいつも私を可愛がってくれていて、入社当時から良くしてくれている。
だから楽しい時だけでなく、落ち込んでいる時も優しく声がけしてくれるのだ。


私服に着替えて、2人で通用口を出るとちょうど社員駐車場へ社用車が1台停まったところだった。


中から出てきたのは綱本係長。
しっかり固めた髪の毛といい、ビシッと着こなしたスーツといい、鋭い目つきといい。
デキる男ってこういう人のことを言うのだと思う。

実際の仕事ぶりも素晴らしい。
営業成績だって常にトップだし、不甲斐ない部下を怒鳴りつけるのはそういった成績があるからこそだ。

でも、この人ってどこか性格が歪んでるんだよなぁ。
みんなに公平な態度じゃなくて、気に入らない人を集中攻撃するような。


そういうところが、ちょっと苦手。
それが彼に対する私の気持ちだった。


「お疲れ様です、綱本係長。お先に失礼しまーす」

「お疲れ様です。お先に失礼します」


茅子さんにならって私も係長に挨拶をすると、彼は横目でチラリとこちらを眺めた後、フンと鼻を鳴らした。


「事務員はいいな、呑気で」


一瞬、足が止まる。


聞き間違いかと思ったけど、そうじゃないらしい。
その証拠に、綱本係長は私たちのことをじっとりねちっこい目で見ていた。


「何か言いたげな顔をしてるなぁ」


自分でも気づかないうちに、私は係長をガン見してしまっていたらしい。
慌てて目をそらしてももう遅い。
別に不満がある顔をしたつもりはなかった。

ただ、あまりにも酷い言葉のように思えたので空耳と思いたかった。


「文句があるなら言ってみろ、君」

「い、いえ……ありません」


ブンフン首を振って小さな声で、申し訳ありませんと謝る。
威圧的な態度を見せられると、こっちが悪くなくても謝らなければいけないような気持ちにさせられてしまうので、つい口にしてしまった。


< 7 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop