ふたりだけのアクアリウム
隣にいた茅子さんの手が私の腕に回され、そして彼女なりに作り笑顔(ただしいつもの茅子さんの笑顔と比べるとチョット怖い)を浮かべる。
「さてと、我々呑気な事務員はさっさと帰りますね〜」
「おい、君たち。さっきからなんなんだその態度……」
いい気分で迎えたはずの花の金曜日の夜なのに。
妙な言いがかりをつけられて綱本係長の餌食になるんだ……と、私も茅子さんも諦めかけていた。
すると、どこかで気の抜けた声が聞こえた。
「係長〜、さっき契約1件取れましたー。今日ものすごい勢いで檄を飛ばしてくださったおかげです〜」
もうすっかり暗くなった社員駐車場の向こうから、走り寄ってくる人影。
ひょろ長い男の人が息を切らしてやって来た。
「沖田さんだ」
私がつぶやくと、茅子さんが「ナイスタイミ〜ング」と隠れて小さくガッツポーズをしていた。
一番遠いところに社用車を停めたらしい彼は、手に持っていた紙切れを綱本係長に見せながら額の汗を拭っている。
「ほら、契約書です」
「…………あぁ、そうか。商店街のちっせぇ店じゃねぇか。さすがだな、そんなもんで満足するとは」
「でも1件は1件です」
係長のイヤミを軽く交わして、沖田さんは丁寧にシワにならないように契約書をカバンにしまい込んだ。
「発注書もらってきたので、せっかくだしすぐに納品しに行きます。その前にチェックお願い出来ますか?」
「しょうがねぇな」
チッと聞こえよがしに舌打ちをした係長の背中をわりと強引に押しつつ、沖田さんは彼を会社の中へと連れていってくれた。
契約を獲得できたという満足感たっぷりの笑顔で。
2人の男がいなくなった所で、ホッと胸を撫で下ろす。それは、もちろん茅子さんも同じのようで。
「助かった〜。偶然とは言え沖田くんに感謝だわ」
「……ですね」
同調せざるを得ない状況だったのは確かだ。
何気ない退社の挨拶で係長に突っかかられるとは思ってもみなかった。
あんなんじゃ誰も部下はついてこないよなぁ、と思うけど。
ヒイキしてる部下は彼を慕っている。
沖田さんはどうなんだろう。
いつも怒鳴られて、小さなことをダメ出しされて。
契約を取ってきても小言を言われて。
疲れないのかな━━━━━。