ふたりだけのアクアリウム


少し前に社内で試食とアンケートが実施されたクリスマス向けのお菓子が、ついに商品として形になった。

ダントツで人気があったらしい、栗とカスタードのもの。
かなり甘くて私の好みからは外れていたお菓子が正式に商品化した。


ふた口くらいで食べ切れる大きさで、それを4個セットにしたものが箱に丁寧に入れてある。
あくまでもお手軽に食べられる冬のお菓子がコンセプトなので、ケーキみたいに豪勢な飾りがついていたり、ひっくり返せないほど繊細なものでもない。


だけど、やっぱりちょっとクリスマス感がある、特別なお菓子というのは伝わってくるリッチなパッケージで。

若い女性だけじゃなくて年配の方も美味しく食べられるようなものになっていた。


この商品ひとつ作るのに、企画部や製造部で何ヶ月もかけて、それから販促部でパッケージのパターンやイメージ戦略を会議する。
新商品の売り出しは本当に大変なのだ。


完成品が社員ひとりひとりに渡され、みんなで最終形態になったお菓子を口に運ぶ。
私もみんなに倣ったけど、やっぱり甘すぎて苦手だった。
箱に入っている残りの3つは口にせず、そっとデスクにしまった。


「あ、これ……」


デスクの奥にしまい込んでいたクリアファイルを見つけて、手に取る。

例の、沖田さんが取り付けた契約を綱本係長が持ち去ったあの契約書だ。
本来ならばこれが提出される予定だったのに、係長が作り直して元の契約書はシュレッダーにかけるように命じられたのだ。


この契約書を係長よりももっと上の立場の人に見せて事情を話したら、なんとかならないだろうか?


『係長は根回しをしっかりしてるから、証拠になるものは全部隠滅されてるよ』


沖田さんはそんなことを言ってたけど、そうじゃない。
忘れてたけど、私は証拠を残していたんだった。


「あ!」


思わず勢いよく立ち上がったために、回転イスがくるくるとお尻から離れて壁に激突した。
ドンッ!という音とともにイスが倒れたので、急いでイスを直していると「大丈夫ですか?」と隣のデスクの後輩に心配された。

明らかに挙動不審だからだ。

適当に笑って切り抜けて、クリアファイルを抱えて席を離れた。

< 90 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop