ふたりだけのアクアリウム
「離してくださいっ」
クリアファイルをかばいながら腕を振りほどこうとすると、係長の目つきと口調が変わった。
「その書類をよこせ!余計なことをしたらお前も沖田もタダじゃ済まさない!」
「い……嫌です!」
「てめえ!」
ぐいっと掴まれた腕に力が込められた。
悲鳴を上げそうなほどの痛みと、彼の爪がぎりぎりとくい込んでくるのが分かった。
怖くて怖くて、ゾクッとするほど係長の恨みにまみれた顔も恐ろしくて。
だけど意地になって、クリアファイルだけは渡すまいと両手で抱え込んだ。
「沖田さんが取り付けた契約を奪ってたのは係長じゃないですか!絶対に、絶対に許せません!」
これがあれば、沖田さんは本当の営業成績を収められる。
これがあれば、沖田さんの本当の笑顔が見られる。
これがあれば………………。
「綱本係長!?」
驚いたような声がして、私も係長も同じタイミングで顔を上げた。
次の瞬間、あんなに強く握られていた腕も離される。
そこにいたのは、同期の山口。
一部始終を見ていたのか、どこまで知ってしまったのかは分からないけれど、とりあえず山口は怪訝そうな表情を浮かべて綱本係長を睨んでいた。
「何してたんですか?今、係長……佐伯のこと……」
言いかけたところで、慌てたように係長が遮る。
「な、何のことかな?俺は今、得意先から帰ってきたばかりでね。そうだろ、佐伯さん?」
「………………」
白々しく同意を求められたけど、そっぽを向いて返事はしないでおいた。
彼にゴマをすってもなんの意味もない。