ふたりだけのアクアリウム
私がうつむいて何も言わないからか、山口が心配してそばまで近づいてきた。
係長はというと、気まずそうに私をチラチラ見ている。
「係長。今のことは上にしっかり報告させてもらいますよ」
「だから、何のことを言ってるのかさっぱり……」
「佐伯に詳しく聞きますから。どうぞ係長は仕事に戻ってください!」
直属の上司ってわけじゃないけど、山口がかなり強い口調で綱本係長を追い払うように言い放つ。
さすがにそれ以上は言い返せないらしい係長は、去り際に私に向かって「余計なことを言うなよ」と残していった。
係長がいなくなって少し経ったあと、重苦しい雰囲気の中で山口が口を開く。
「大丈夫か?腕……」
「あ、うん……。平気」
「………………係長との話、聞こえちゃったんだけどさ」
あー、やっぱり聞かれてたか。
というか、私よりも係長の方が不用意だと思う。
いくら外とは言え、会社の敷地内だというのに大声で喚いたりして。
「沖田さんって、営業部の沖田さんだよな?」
「…………うん」
「……………………沖田さんは、係長に……契約取られてたってこと?」
「…………うん」
隠したってどうせ聞かれてしまったのだから、正直に答える。
すると、山口は「そういうことかー」とポリポリと頭をかいた。
「それ知っちゃったから、やけに沖田さんと仲良かったってワケなのか。合点がいったよ」
「……………………それだけじゃないもん」
「え?」
ぽかんと首をかしげる山口に、面と向かっては言えなかった。
私は沖田さんが好き、と。
仮にも山口だって私を好きだと言ってくれた人だから。失礼になるって思った。
それに、秘密を知ったから沖田さんと近づいたわけじゃない。
そうなる前に、彼は私に声をかけてくれたんだもの。
『水草水槽って知ってる?』
あの言葉が無かったら、私は彼のいいところを知ることもなかっただろう。
もちろん、好きになることも。