ふたりだけのアクアリウム


「ね、山口。この書類、山口に持ってて欲しいの。頼める?」


大事な証拠になる契約書が入ったクリアファイルを、それごと山口に押し付けるようにして渡す。

彼はなにがなんだか分からない様子で、その書類をパラパラと眺めている。
製造部には縁遠い契約書だから、分からないのは当たり前だ。


「いいけど、なんで俺?」

「私が持ってるってなると、係長がデスクもロッカーも全部捜索しそうなんだもの。関係ない山口に持っててもらった方が絶対安全だから」

「沖田さんに渡さないの?」

「まだ外回り中だから。あと、今起きた事は沖田さんには言わないで。お願い」

「なんでだよ。係長に危うく暴力ふるわれそうになったんだぞ?どっちにしろ沖田さんに係長からなんか言われるんじゃないのか?」

「それは大丈夫。沖田さん、脅されても気にしないって言ってたから。信じる。だけど、私のことは言わないで。心配…………させたくない」


係長の爪がくい込んで、ズキズキ痛む腕を撫でながらつぶやいた。

あんなことがあったって言ったら、沖田さんは絶対に心配してくれる。
それは嬉しいけど、でも、今は自分のために自分のことに集中してほしい。


「…………なんだ。お前、やっぱり沖田さんのこと好きなんじゃん」


思わぬ山口の指摘に、うっかりアタフタと顔を赤くしてしまった。


「えっ!ち、違うよ!あっ……違わないか……」

「ほんっと分かりやすいな。まったく仕方ない。ちゃんと俺が責任もって取っておいてやるよ」

「……ごめん。ありがとう」

「いや、謝るのは俺の方」

「え?なんで?」


山口に謝られるようなことをされた覚えが無いので、眉を寄せて考え込んでいると。彼の申し訳なさそうな顔が見えた。
少しうなだれて、肩をすくめる仕草。


「沖田さんのこと、根暗とか地味とか言っちゃったから。好きな人のこと、そんな風に言われたくなかったよな。お前に振られた腹いせなんだ。だから……ごめん」

「………………ううん」


首を振って、気にしないでと笑いかけると、山口も少し安心したように微笑んでいた。


どんな手段で沖田さんがこの件を打開しようとしているのか、私には想像もできない。
でも、できる限りの協力はしたいと思った。


私に出来ることなら、なんでも。









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