ふたりだけのアクアリウム


外回りから戻ってきた沖田さんは、早速係長から呼び出しをくらっていた。


私はそれをハラハラしながらパソコンを見る振りをして見守る。
どのように切り抜けるのかと思ったら、特に嫌がる様子もなくあっさり呼び出しに応じた彼は、係長と事務所を出ていってしまった。


大丈夫かな。
な、殴られたりしてないかな……。


だって容易に想像出来てしまう。
綱本係長が激昴して沖田さんを言葉で責め立て理不尽に罵り、人からは見えないところを狙ってみぞおちあたりをグーパンチされているシーンを。


沖田さんはあの通り『温厚』を地で過ごしているような人だし、状況によっては心まで折れたり……。
信じるって山口には言ったけど、やっぱり心配。

いくら他人の言葉を気にしない人だって、見えないストレスは抱えてるわけで。


カタカタとキーボードをうちながらも、手元の発注書の内容が頭にちっとも入ってこない。
これを今日中に仕上げなくちゃいけないのに。
まだやらなきゃならない仕事があるのに。


沖田さんが心配でたまらなかった。


「茅子さん、お手洗い行ってきます」

「はーい」


決心して仕事を中断。
茅子さんにひと声かけて、急いで事務所を出た。


係長のことだから、絶対に人に聞かれないように誰もいない場所に沖田さんを呼び出しているはずだ。

会社の部屋ひとつひとつ見て回っていたのでは、間に合わない!
どうしよう、見つけた時にはすでに沖田さんが倒れていたりしたら。


か細い声で「逸美ちゃん」なんて呼ばれたら、泣いてしまうかも。
細身だし、色白だし、ケンカとは無縁の人生を送ってきたのは間違いなさそうな人だ。

いかにもケンカっ早そうな係長に胸ぐらを掴まれていてもおかしくない。


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