ふたりだけのアクアリウム
それから程なくして、私はフルスピードで用意した冷水が入ったコップとおしぼりを沖田さんの手に渡した。
沖田さんはおしぼりを使ってペチペチと係長の頬を叩いている。
その光景が普段のふたりの姿とあまりにもかけ離れているので、不思議な心地がした。
「う〜ん、起きないなぁ」
「お、沖田さん……」
「ん?なに?」
「係長を倒したのって、沖田さん……じゃないですよね?」
「僕だよ?」
念のための確認だったのに、即答されて焦る。
そうしている間にも、沖田さんはおしぼりをペチペチさせている。
「逸美ちゃん。僕に隠してることあるね?」
突然問いかけられて、「え?」と聞き返す。
「僕が会社に戻る前、係長と揉めたんでしょ?」
「も、揉めたっていうか」
「うん」
「私のせいで、あの契約書の存在がバレてしまって」
「うん。それで?」
「間一髪のところで同期の山口が助けてくれて」
「うん」
「あの契約書は死守しました!」
何もかもかいつまんで、まずはあの契約書が無事だってことを伝えたくてそう言ったのに。
沖田さんはとても不機嫌そうな顔をして、私のおでこをツンと指でつついた。
そんな顔を、初めて見た。
おでこを押さえて息をのむと、彼は小さく息をついた。
「間一髪って何?係長に何かされたってことだよね?」
「い、いえいえ!問い詰められただけです!」
「嘘つき」
沖田さんは係長を挟んで向かい側にしゃがんでいる私の腕をグッと引き寄せて、ブラウスをまくり上げてきた。
強く掴まれた時に出来た、係長の爪の痕がくっきりまだ残っていた。
「これは何?」
「えーっと……それは……」
今までのほほんと笑ったり、優しくて柔らかい物腰で話す彼しか知らなかったので戸惑う。
たぶん係長が話してしまったんだということだけは分かった。