イジワル御曹司のギャップに参ってます!
「それからもう一つ」と、ゆっくりと自らの目元に手を置き、眼鏡を外す氷川。

「他にも別の理由がある」

そう告げて流星になった彼は、私との距離を一歩詰める。今にも触れ合いそうな、手を回せばすぐに抱きしめ合える距離で、囁きかける。

「一か月前の夜を忘れた? あれから、俺たちは、ただの同僚に戻ってしまっているけれど……」

流星の手が私の頬に触れる。強引に私の顔を引き上げて、自分の唇のところへ持っていく。

「独占したいって、言ったよね?」

私の唇に、彼の柔らかなそれが触れた。
言葉を発する者を失ったオフィスが、シンと静まり返る。
ここには、私と彼しかいない。
甘い感触だけが、今この場の全てだ。

彼が私から唇を離して、甘えるような、喘ぐような、そんな小さな悲鳴を喉の奥から絞り出す。
「もう俺のこと、忘れちゃった? 俺は一晩で満足しちゃうような男だった?」

「違うよ」
たった一度のキスで、一か月前の濃厚な一夜の記憶が呼び起された。
私は熱く火照った身体と真っ赤に染まった頬で、恥ずかしさと狂おしさが混ぜこぜになる。
「ここで毎日あなたと一緒に居たから、充分幸せだったんだ」

「やっぱり仕事とプライベートは、分けた方がよさそうだ」
流星は小さく笑って、私の額に口づける。
「毎日一緒にいるのが『彼』ならば、『俺』のことを愛おしく感じられるだろう?」

「そうかもしれない」

ふふ、と笑って、私は彼の肩に顔を埋めた。
現に、ついさっき『氷川』と一緒にいたときの私は、『流星』が恋しくてたまらなかったのだから。
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