イジワル御曹司のギャップに参ってます!
「朱石さん……?」

突然身を硬くして黙りこくる私を見て、さすがの氷川も異変に気付いたようだ。心配そうな声で私の顔を覗き込む。
私はぎゅっと唇を噛みしめ視線に耐えた。
今にも口元が震えだしそうだ。

これが恐怖なのか緊張なのか、自分でも説明することができない。
ただひとつ分かっていることは。

男性に触れられると、身体が金縛りにでも掛かったかのように動かなくなってしまうということ。

「ああ……もうびしょびしょで駄目ですね」

水を滴らせ張りつく私の前髪を、氷川の指がそっと横にかき分ける。
額をなぞった指先の感触に、鼓動がいっそう強く速く走り出す。

氷川が自身の眼鏡を外しスーツの胸ポケットへと押し込む。
レンズに雨粒が付いて視界を遮り、うっとおしかったのだろう。

その眼鏡が外れたところを、私は初めて見た。

少し垂れ気味で艶っぽい瞳。
きめ細やかな白い肌と重なって、男性にしておくのはもったいないくらい麗美だった。
それが、三十センチと離れていない距離にある。
それだけで、女性が言葉を失うには十分だろう。

それから、私の背中に回る腕だったり、お腹に触れている少し骨っぽい身体だったり、私をすっぽりと覆い隠してしまうような背の高さだったり。

彼には私の心をフリーズさせる要素がたくさん在りすぎていて。

ひょっとすると、この動かない身体は男性が苦手というだけではないのかもしれない。

私は彼に、見惚れていた。
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