イジワル御曹司のギャップに参ってます!
次の瞬間。
私の中の平衡感覚が、上が上で下が下であるという認識が、おかしくなった。

本当に、あ、っという間だった。
怖いと感じる間もなく、私の身体は横にあった大きなベッドに押し倒され、その上に彼が重なる。

気が付いたときには、私と彼の顔は五センチと離れていなくて。
視点が合わなくてよく見えないくらい、彼の瞳が目の前にあった。


一瞬の、沈黙と静寂。


やがて彼は真剣な面持ちで口を開いた。

「このまま本当に、抱いてしまおうか」

別に、押さえつけられていたわけでも、恐怖で身体が動かなかったわけでもない。
単に、頭の理解が追いついていかなかったから、動けなかっただけだ。
それから、彼の綺麗な瞳があまりに近くて、魅入ってしまったっていうのもあるかもしれない。

私の様子を伺うように沈黙していた氷川が、ふっと嘆息した。

「そんな顔しないで。冗談だよ」

どんな顔に見えていたのだろうか。表情を作ったつもりはないのだが。
それとも無表情であること自体が『そんな顔』なのか。

彼はなんとも言えない笑みを浮かべ、私から身体を離した。
呆れ? 落胆? 嘲笑? どんな種類の笑みだったんだろう。

今日二回目の冗談に、さすがの私も困惑していた。
さっきのは明らかに私に対する嫌がらせ。文句を言うべきところだ。
でも、今のは――

「ファイルのことは、またあとで。食事できたから」

「……うん」

何事もなかったかのように寝室を出て行った彼のあとを追いかけて、とりあえず頷いてみたものの、鼓動はせわしなく高鳴っていた。
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