イジワル御曹司のギャップに参ってます!




「何をもたもたしているんです? 行きますよ」

一時間前とは打って変わって、鋭く厳しい口調が私の背中を突き刺した。

出勤準備を整えて、堅苦しいスーツに身を包んだ氷川がいた。
黒に近い濃紺の上下と、淡い水色のストライプシャツ、グレーのネクタイ。相変わらず寒色系。
目元にはシルバーのメタルフレームの眼鏡が鈍い光を放っている。


「……氷川さん、キャラ変わってます」

「もう出勤時間なんだから、あなたもいい加減気持ちを切り替えなさい」

「それは気持ちを切り替えるっていうより、もはや人格が――」

「無駄口を叩いている暇があったら、早く用意をして」

「は、はい」

氷川にお尻を叩かれながら、急いで準備を済ませ、私たちは慌ただしく家を出た。

そういえば氷川は始業時間関係なく誰よりも早く出社しているから、その感覚でいくと今日は遅刻の部類に入るのかもしれない。
だから苛々しているのかなぁ?

通勤電車の中、並んで吊革に捕まりながら、ちらりと隣の氷川を覗き見る。
彼は私の視線に素早く反応した。

「なんです?」
「いえっ」

親の仇を見るみたいな目で睨まれてしまって、慌てて車窓の外へと視線を逃がす。

やはり仕事モードの氷川と、プライベートモードの氷川が同一人物に思えない。
分かり合えたことですっかり消えたと思っていた苛立ちと嫌悪感、それがあっさりと舞い戻ってきた。

夕べのあの二人の時間は、なんだったんだろう……

まるで夢でも見ていたかのように、もやもやとした感覚だけが私の中に残った。
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