ぼくは神様
人間界へレッツゴー
支度が整うと、GT係を出、唯一下界とつながっている“穴場”(たくさんの穴が開いているためこう呼ばれる)へ向かった。もちろんここへ来るのも初めてだ。下界へ行くには事前に管理局に書類を提出しなければいけないのだけど、通るのは全体の六割だし、仮に通ったとしても許可証が出るまで最低一週間はかかる。待っているわけにはいかないので強行突破は必至なのです。
穴場の番人、ツインズと呼ばれる双子のフタコブラクダに、神からの指示で緊急に下界へ下りる旨(もちろん緊急なので許可証なし)を告げ、一応用意しておいた上等の草を賄賂として与えた。二人は草をその場でむしゃむしゃと食べながらジロリとぼくを一瞥し、穴場に案内してくれた。案外簡単じゃん。
広い雲地に直径一メートルくらいの黒い穴が無数に開いている。そこから風が出入りするらしく、うめき声のような恐ろしい音が絶え間なく聞こえてくる。何だかちょっと怖くなってきた。
ツインズの兄よしおが、一つの穴の横を前足で叩いた。ここに入れということらしい。覗き込むと、無間の闇の底に一つの光が見える。行くべき場所を思い浮かべながらこの穴に飛び込めばいい。うーんタイミングが、と思いながら躊躇していると、いきなりよしおに背中を蹴られ、声をあげる暇もなくその中へ落ちた。
我に返って目を開けても、閉じている時と変わらない。まだ落ち続けているのだ。下を見ると、光が少しずつ大きくなっていくのがわかった。ぼくはそこで少し冷静になって、調書にあった№096―24・・・高山でいいや。高山の住む日本国東京都世田谷区の住所と、写真で見た高山の顔を思い描いた。
光がどんどん大きくなり近くなり、それにつれて雑音も増えてきた。もうすぐだな、と思った瞬間、体に強い衝撃を感じた。目を開けると、目線のずっと先にぼくを落とした穴が見えた。その白い穴は次第に小さくなり遠くなりやがて消えた。
ランドセルが衝撃を吸収してくれたようで、体はどこも痛くない。ランドセルとはこういう時に役立つものなのだな、と思いつつ立ち上がる。やけに薄暗く、視界が悪い。これが夕闇というものか。とすると、もうすぐ噂に聞く「夜」になるんだな?ウーン、これからどうしたものか。周りを見渡しても高山らしき男はいない。しかし急がなくては高山のサードGTが終わってしまうのだ!
「あらあらボーヤ、こんなところで何してるの?ママは?」
ニンゲンだ!やっぱりぼくと似てる!毛だらけじゃないし、手の平にも乗らないし、テカテカしてない!
パーマネントをあてた髪、前掛けと呼ばれる白い布をつけた太い胴体、大きなかごから覗くねぎと大根・・・これはまさしく、「中年女性」タイプのニンゲンだな。非常に世話好きで話し好き、デパートの地階か道端によく出没すると言われている・・・ってことは、ここはデパートの地階か道端ってことなのか?
「ボーヤ?」
「あのう・・・ここはどこですか?」
「まあまあ迷子?ここは羽根木公園よ。わかる?わからない?どーしましょ、交番行った方がいいわね。大丈夫よ、おまわりさんがボーヤのお家見つけてくれるから。さあついていらっしゃい」
「オマワリサン」とは警察官の別称で、交番とは警察署の分署のことだな。そこで人捜しもしてくれるはずだ。いいぞ!中年女性!
嬉しくなっていそいそと中年女性のあとについて近くの交番へ入った。紺色の制服を着た男性が二人、ぼくの顔を見ながら中年女性の話を聞いている。パパとどっちが背、高いかな、と考えていると、
「ボク、名前は?」
と不意に聞かれて気が動転してしまった。そうだ、ニンゲン界では名字と名前で識別するのだった。
「ぼくは神の子だ」
とっさにそう答えると、
「カミノコウタだね?カミノ・・・この辺りじゃ聞かない名字だなあ」
オマワリサンは首をかしげた。とりあえず、ぼくはカミノコウタという名前をもらった。
「お家なんだけど、何区、だったら住んでいるところわかるかな?」
「日本国東京都世田谷区××―×」
「日本なのはわかってるから。変わった子だなあ。じゃあそこに行けばわかるかな?」
「わかるわかる!」
オマワリサンの一人がぼくを高山の家へ導いてくれることになった。ここまではよし、っと。でも、高山の家へ行ってぼくはどうするべきか?慌てて出てきたから計画性が一切ない。そこで苦肉の策。
「あの、尿意を催したのですが」
「尿意?」
オマワリサンがぼくの顔を見た。その顔には明らかに『何言ってんだこの子は』と書いてあった。何か間違ったことを言ってしまったのだろうか?一瞬の沈黙。
「ああ、あ~トイレに行きたい、ってことかな?そこのドアを開けてすぐのところ」
トイレ・・・そうか、尿意を飛び越してトイレに行く、という行為を先に述べるべきだったのか。ぼくはその狭い個室に入り、生まれて初めて見た便器に座って、ニンゲンマニュアルを開いた。
第三章「ニンゲンに出会ったら」第一節、「初めてニンゲンに会い、任務をこなす時編その4」、「ニンゲンは知らない者を警戒する性質があるので、親類の人間だと思い込ませることが最適」とある。その方法は、ニンゲンの両目を見据え、自分はあなたの親類でアール、と唱えるだけ。なるほど。しかし、『親類』とは何だ?ええっと、辞書辞書・・・
「おーいコウタ君まだかな~?」
「はい、ただ今!」
急いで個室から出、オマワリサンのあとについて夜道を歩いた。やけに眩しい通りを抜け、四角い建物が密集する小道を行く。通り過ぎるニンゲンはみんな黒っぽい服を着て、うつむくように歩いている。
「コウタ君、ついたよ。高山、って書いてあるけど、ここでいいのかな?」
「はい」
オマワリサンが、こじんまりとした一戸建て住宅の石の門についているボタンを押すと、そこからニンゲンの声がして扉が開いた。女性の声だ。
「ママ!」
板チョコみたいなドアを開けて出てきた女の人を見て、ぼくは思わず叫んだ。自分の思考より先に声が出てしまったのは初めてのことだ。
ああ、しかし紛れもなくママだった。写真の中にいた、笑っていた、ぼくのママだ!
「あの・・・?この子はどちらのお子さんですか?」
ママはぼくとオマワリサンを交互に見ている。オマワリサンもぼくとママを交互に見ている。ぼくだってわからない。どうしてここにママがいるの?でも、ママの困惑した表情と他人を見る眼差しで我に返った。
「コウタ君?」
「どういうことでしょう、この子は、」
「ぼくはあなたの親類でアール」
ニンゲンマニュアル通りの言葉を唱え、ママの顔を見ると、ママは何かに気付いたように目を大きく開けた。
「この子は・・・そうよ、妹の子だわ。そうよね、今日から家に来ることになっていたのよね。うっかりしていたわ、ごめんなさいね」
「そうでしたか、よかったね、コウタ君。では、私はこれで」
オマワリサンが行ってしまうのを、何だか遠い気持ちで見送った。恐る恐る見たママの顔は、安心したように笑っていた。ぼくは急にドキドキして、でも悲しくて仕方なかった。抱きしめて欲しくて仕方なかった。こんなにもたくさんの感情を、ぼくは知らない。
「入って?遅かったわね。コウタはから揚げが好きなのよね」
鼻の奥がツンとして、目の辺りがムズムズしたけど、何とかうなずいて、ママの顔を見ないようにして靴を脱いだ。
「ママ、」
「あらあら、私はあなたのママじゃないわよ」
そう言って、でもママはぼくの頭をにこにこしながら撫でてくれた。温かくて、くすぐったくて、思わず抱きつくと、ママは黙って背中をさすってくれた。知ってる匂い。ぼくは、写真の中だけのママでいいなんて本当は思っていなかったんだ。寂しかったんだ、ずっと。
「ママと離れて悲しくなっちゃったのね。あなたのパパの出張が終わればすぐに会えるわよ。ほら、ご飯の支度ができないわ。ランドセル下ろして、テレビでも見ていらっしゃい」
そう言ってママはぼくから手を離した。イヤだ、と言いたいのを必死でこらえて、ぼくも手を離した。
通された客間でランドセルを下ろし、帽子を取り、高山の調書を読み直した。二十六歳、小学校教諭、独身、付き合って二年の恋人アリ。
調書を読みながらも、ママのことをくり返し思った。ママはぼくのことを覚えていなかった。それどころか、今はぼくじゃなくて高山融のママだ。どういうことなのだろう。
フォトフレームの中のママは、日々年をとる。髪も伸びるし服装も変わる。ぼくが初めて見たママは、そういえば調書の高山融の写真にどことなく似ている気がする・・・。ダメだ、ぼくは神の子だ。パパが引退してしまったら、ぼくが神になって全てを守っていかなくちゃいけないんだ。今考えるべきことは、別のことだ。あと一週間、高山の幸せだけを考えなくちゃ。
まだBTが続いているはずだからそれをまず止めて、GTに移行、一週間が過ぎればゆるやかにBTとGTが混じり合う期間が始まる。
「おかえり融、コウタがもう来てるわよ」
「コウタ?」
まずい、高山が帰ってきた!ぼくは調書をランドセルにしまい、玄関へ向かった。
「・・・君は?」
「ぼくはあなたの親類でアール」
「お、コウタ、しばらく見ないうちに大きくなったなあ」
微かに高山は笑った。でも、ぼくは笑えなかった。その表情には疲労と苦悩が強く深く彫り込まれていたからだ。ニンゲンの二十六歳にしては年を取りすぎている感じがあった。
高山は背が高く、ぼくの頭に乗せられた手の平も大きかった。パパのことを思い出した。
「今日、お父さん遅くなるって言うから、先に食べちゃいましょう。二人とも手を洗ってきて」
ドアガラスの向こうからママの声。ぼくの代わりに返事をした高山が、ひどく羨ましかった。
「これは、スズキ目サバ科の鯖、料理名は鯖の味噌煮」
「そうだよ、コウタは物知りだな」
「これは・・・どうやって食べるの?」
「オイオイ、食べ方は知らないのか?どれ貸してみな、ほぐしてやるよ」
ニンゲン界に下りてみると「空腹感」が生まれた。体の力が抜け落ちてしまうような、奇妙な感じだった。
帰ってきた高山(父)にも親類だと思わせることに成功し、カルピスというとてつもなくおいしい飲み物を飲んでいると、
「融、コウタにウーちゃん見せてあげなさいよ」
とママが言い出した。また聞いたことのないおもしろそうなものかな、とワクワクしながら高山のあとについて庭へ出ると、大きなかごに入ったマー君そっくりのウサギがいた。
穴場の番人、ツインズと呼ばれる双子のフタコブラクダに、神からの指示で緊急に下界へ下りる旨(もちろん緊急なので許可証なし)を告げ、一応用意しておいた上等の草を賄賂として与えた。二人は草をその場でむしゃむしゃと食べながらジロリとぼくを一瞥し、穴場に案内してくれた。案外簡単じゃん。
広い雲地に直径一メートルくらいの黒い穴が無数に開いている。そこから風が出入りするらしく、うめき声のような恐ろしい音が絶え間なく聞こえてくる。何だかちょっと怖くなってきた。
ツインズの兄よしおが、一つの穴の横を前足で叩いた。ここに入れということらしい。覗き込むと、無間の闇の底に一つの光が見える。行くべき場所を思い浮かべながらこの穴に飛び込めばいい。うーんタイミングが、と思いながら躊躇していると、いきなりよしおに背中を蹴られ、声をあげる暇もなくその中へ落ちた。
我に返って目を開けても、閉じている時と変わらない。まだ落ち続けているのだ。下を見ると、光が少しずつ大きくなっていくのがわかった。ぼくはそこで少し冷静になって、調書にあった№096―24・・・高山でいいや。高山の住む日本国東京都世田谷区の住所と、写真で見た高山の顔を思い描いた。
光がどんどん大きくなり近くなり、それにつれて雑音も増えてきた。もうすぐだな、と思った瞬間、体に強い衝撃を感じた。目を開けると、目線のずっと先にぼくを落とした穴が見えた。その白い穴は次第に小さくなり遠くなりやがて消えた。
ランドセルが衝撃を吸収してくれたようで、体はどこも痛くない。ランドセルとはこういう時に役立つものなのだな、と思いつつ立ち上がる。やけに薄暗く、視界が悪い。これが夕闇というものか。とすると、もうすぐ噂に聞く「夜」になるんだな?ウーン、これからどうしたものか。周りを見渡しても高山らしき男はいない。しかし急がなくては高山のサードGTが終わってしまうのだ!
「あらあらボーヤ、こんなところで何してるの?ママは?」
ニンゲンだ!やっぱりぼくと似てる!毛だらけじゃないし、手の平にも乗らないし、テカテカしてない!
パーマネントをあてた髪、前掛けと呼ばれる白い布をつけた太い胴体、大きなかごから覗くねぎと大根・・・これはまさしく、「中年女性」タイプのニンゲンだな。非常に世話好きで話し好き、デパートの地階か道端によく出没すると言われている・・・ってことは、ここはデパートの地階か道端ってことなのか?
「ボーヤ?」
「あのう・・・ここはどこですか?」
「まあまあ迷子?ここは羽根木公園よ。わかる?わからない?どーしましょ、交番行った方がいいわね。大丈夫よ、おまわりさんがボーヤのお家見つけてくれるから。さあついていらっしゃい」
「オマワリサン」とは警察官の別称で、交番とは警察署の分署のことだな。そこで人捜しもしてくれるはずだ。いいぞ!中年女性!
嬉しくなっていそいそと中年女性のあとについて近くの交番へ入った。紺色の制服を着た男性が二人、ぼくの顔を見ながら中年女性の話を聞いている。パパとどっちが背、高いかな、と考えていると、
「ボク、名前は?」
と不意に聞かれて気が動転してしまった。そうだ、ニンゲン界では名字と名前で識別するのだった。
「ぼくは神の子だ」
とっさにそう答えると、
「カミノコウタだね?カミノ・・・この辺りじゃ聞かない名字だなあ」
オマワリサンは首をかしげた。とりあえず、ぼくはカミノコウタという名前をもらった。
「お家なんだけど、何区、だったら住んでいるところわかるかな?」
「日本国東京都世田谷区××―×」
「日本なのはわかってるから。変わった子だなあ。じゃあそこに行けばわかるかな?」
「わかるわかる!」
オマワリサンの一人がぼくを高山の家へ導いてくれることになった。ここまではよし、っと。でも、高山の家へ行ってぼくはどうするべきか?慌てて出てきたから計画性が一切ない。そこで苦肉の策。
「あの、尿意を催したのですが」
「尿意?」
オマワリサンがぼくの顔を見た。その顔には明らかに『何言ってんだこの子は』と書いてあった。何か間違ったことを言ってしまったのだろうか?一瞬の沈黙。
「ああ、あ~トイレに行きたい、ってことかな?そこのドアを開けてすぐのところ」
トイレ・・・そうか、尿意を飛び越してトイレに行く、という行為を先に述べるべきだったのか。ぼくはその狭い個室に入り、生まれて初めて見た便器に座って、ニンゲンマニュアルを開いた。
第三章「ニンゲンに出会ったら」第一節、「初めてニンゲンに会い、任務をこなす時編その4」、「ニンゲンは知らない者を警戒する性質があるので、親類の人間だと思い込ませることが最適」とある。その方法は、ニンゲンの両目を見据え、自分はあなたの親類でアール、と唱えるだけ。なるほど。しかし、『親類』とは何だ?ええっと、辞書辞書・・・
「おーいコウタ君まだかな~?」
「はい、ただ今!」
急いで個室から出、オマワリサンのあとについて夜道を歩いた。やけに眩しい通りを抜け、四角い建物が密集する小道を行く。通り過ぎるニンゲンはみんな黒っぽい服を着て、うつむくように歩いている。
「コウタ君、ついたよ。高山、って書いてあるけど、ここでいいのかな?」
「はい」
オマワリサンが、こじんまりとした一戸建て住宅の石の門についているボタンを押すと、そこからニンゲンの声がして扉が開いた。女性の声だ。
「ママ!」
板チョコみたいなドアを開けて出てきた女の人を見て、ぼくは思わず叫んだ。自分の思考より先に声が出てしまったのは初めてのことだ。
ああ、しかし紛れもなくママだった。写真の中にいた、笑っていた、ぼくのママだ!
「あの・・・?この子はどちらのお子さんですか?」
ママはぼくとオマワリサンを交互に見ている。オマワリサンもぼくとママを交互に見ている。ぼくだってわからない。どうしてここにママがいるの?でも、ママの困惑した表情と他人を見る眼差しで我に返った。
「コウタ君?」
「どういうことでしょう、この子は、」
「ぼくはあなたの親類でアール」
ニンゲンマニュアル通りの言葉を唱え、ママの顔を見ると、ママは何かに気付いたように目を大きく開けた。
「この子は・・・そうよ、妹の子だわ。そうよね、今日から家に来ることになっていたのよね。うっかりしていたわ、ごめんなさいね」
「そうでしたか、よかったね、コウタ君。では、私はこれで」
オマワリサンが行ってしまうのを、何だか遠い気持ちで見送った。恐る恐る見たママの顔は、安心したように笑っていた。ぼくは急にドキドキして、でも悲しくて仕方なかった。抱きしめて欲しくて仕方なかった。こんなにもたくさんの感情を、ぼくは知らない。
「入って?遅かったわね。コウタはから揚げが好きなのよね」
鼻の奥がツンとして、目の辺りがムズムズしたけど、何とかうなずいて、ママの顔を見ないようにして靴を脱いだ。
「ママ、」
「あらあら、私はあなたのママじゃないわよ」
そう言って、でもママはぼくの頭をにこにこしながら撫でてくれた。温かくて、くすぐったくて、思わず抱きつくと、ママは黙って背中をさすってくれた。知ってる匂い。ぼくは、写真の中だけのママでいいなんて本当は思っていなかったんだ。寂しかったんだ、ずっと。
「ママと離れて悲しくなっちゃったのね。あなたのパパの出張が終わればすぐに会えるわよ。ほら、ご飯の支度ができないわ。ランドセル下ろして、テレビでも見ていらっしゃい」
そう言ってママはぼくから手を離した。イヤだ、と言いたいのを必死でこらえて、ぼくも手を離した。
通された客間でランドセルを下ろし、帽子を取り、高山の調書を読み直した。二十六歳、小学校教諭、独身、付き合って二年の恋人アリ。
調書を読みながらも、ママのことをくり返し思った。ママはぼくのことを覚えていなかった。それどころか、今はぼくじゃなくて高山融のママだ。どういうことなのだろう。
フォトフレームの中のママは、日々年をとる。髪も伸びるし服装も変わる。ぼくが初めて見たママは、そういえば調書の高山融の写真にどことなく似ている気がする・・・。ダメだ、ぼくは神の子だ。パパが引退してしまったら、ぼくが神になって全てを守っていかなくちゃいけないんだ。今考えるべきことは、別のことだ。あと一週間、高山の幸せだけを考えなくちゃ。
まだBTが続いているはずだからそれをまず止めて、GTに移行、一週間が過ぎればゆるやかにBTとGTが混じり合う期間が始まる。
「おかえり融、コウタがもう来てるわよ」
「コウタ?」
まずい、高山が帰ってきた!ぼくは調書をランドセルにしまい、玄関へ向かった。
「・・・君は?」
「ぼくはあなたの親類でアール」
「お、コウタ、しばらく見ないうちに大きくなったなあ」
微かに高山は笑った。でも、ぼくは笑えなかった。その表情には疲労と苦悩が強く深く彫り込まれていたからだ。ニンゲンの二十六歳にしては年を取りすぎている感じがあった。
高山は背が高く、ぼくの頭に乗せられた手の平も大きかった。パパのことを思い出した。
「今日、お父さん遅くなるって言うから、先に食べちゃいましょう。二人とも手を洗ってきて」
ドアガラスの向こうからママの声。ぼくの代わりに返事をした高山が、ひどく羨ましかった。
「これは、スズキ目サバ科の鯖、料理名は鯖の味噌煮」
「そうだよ、コウタは物知りだな」
「これは・・・どうやって食べるの?」
「オイオイ、食べ方は知らないのか?どれ貸してみな、ほぐしてやるよ」
ニンゲン界に下りてみると「空腹感」が生まれた。体の力が抜け落ちてしまうような、奇妙な感じだった。
帰ってきた高山(父)にも親類だと思わせることに成功し、カルピスというとてつもなくおいしい飲み物を飲んでいると、
「融、コウタにウーちゃん見せてあげなさいよ」
とママが言い出した。また聞いたことのないおもしろそうなものかな、とワクワクしながら高山のあとについて庭へ出ると、大きなかごに入ったマー君そっくりのウサギがいた。