『ココロ彩る恋』を貴方と……
手を出せずに握った。

待てを教えられた犬の様に、口の中には出汁の香りに反応して、唾液が沢山溜まってくる。


祖父はそんな私のことを悲しそうな目で見ていた。

早く食べなさいと叱ることもなく、じっと様子を見つめていた。



『紫音』


嗄れた声で名前を呼ばれ、ビクッとなった私を優しく撫でてくれた。


『この料理の中には沢山の命が含まれているんだよ。その命達は紫音のために形を変えられて、今ここに居るんだ』


茶碗の中で蒸せられた物を指差してそう言った。


『命が無駄にならない様にしてあげたらどうだい?紫音の中で働かせてあげたら喜ぶと思うよ』


食べろとは絶対に言わなかった。命令形で話してはいけないと、養護施設の先生に言われたのかもしれない。


『紫音、作って貰ったものはできるだけ口をつけた方がいい。その方が気持ちも一緒に受け取れるからね』


頂くということは命を助けることと同じだ。紫音が生きていくことで、他の命も受け継がれていくんだ…と語った。


『一口だけでもいいから口にしてみてごらん。器の中の命のことだけを考えて食べればいい。誰も叱ったりしないし、皆は喜んでくれる』


必死になっていたと思う。

幼い私が堪えている姿を見て、どんなにか忍びなく思っていたことだろうーーー。


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「お爺…ちゃん……」


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