『ココロ彩る恋』を貴方と……
ポトン…と涙の粒が零れ落ちた。

食べれば食べるほど、あの日の記憶が蘇ってくる。


兵藤さんの作った茶碗蒸しは、あの日の祖父と同じで、具は一切入っていない。

丁寧に取られた鰹と昆布の旨味が卵の中に溶け込んで、薄い醤油の香りがするだけの物。

祖父はいきなり具の多く入った物を食べさせて、私のお腹の調子が悪くなってはいけないと考えたんだと思う。

だけど兵藤さんはきっと、自分が色を混ぜると気持ち悪いから卵だけにしたんだ。


同じ物なのに違う。でも、どちらも私の為に作られた物……。



「美味しい…」


ほっとする様な温かさにも涙が溢れる。

本当ならこの優しさと同じものを彼に感じさせてあげたいと思っていたのは、私の方だったのに。



「……先を越されちゃった」


泣きながら茶碗の中身を平らげた。

器はそのままにしていいと言われたけれど、やはりきちんと片付けて帰りたい。


『立つ鳥後を濁さずだよ』と言っていた祖父の言葉を思い出していた。

私が居なくてもいい雰囲気を、この部屋の様子から感じる。


(なんだかんだ言っても、兵藤さんは独りで生きていけるんだよ……)


最初から居なくてもいい存在だった。

河井さんは我慢ができなかったかもしれないけど、兵藤さんはあの乱雑さにも頓着せず暮らしてこれた。


彩さんの思い出を胸に今も生きてる。

それがどんなに闇に近い色でも、誰かの力で変えたりなんてできない。


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