『ココロ彩る恋』を貴方と……
決意とは裏腹に
翌日、いつも以上に早く来て仕事を始めた。

時折咳が出るから、一応念の為に…とマスクだけはしている。


先ずは昨日散らかっていたリビングの掃除をしようと柔軟剤入りの水を張ったバケツと雑巾、叩きと掃除機を手にドアを開けた。

昨夜から今朝までの間に、兵藤さんがこの部屋を使った形跡は見られない。


「本当に片付け苦手なのかな〜〜」


呟きながら散らかった部屋の中に入る。

兵藤さんは単なる面倒くさがり屋なだけではないのか。昨日茶碗蒸しを作った後の道具類は全て、きちんと洗って乾かされていたのに。


「キッチンだけは綺麗なんて変よね」


何かしら事情があるようにも思える。けれど、それは自分が知らなくてもいいことだ。

余計なことは考えないようにしようと決めた。私は月給を貰ってここに仕事をしに来るだけの家政婦。

雇い主の過去を振り返ったり、知らなくてもいい事を知ろうとしてはいけない。



(好きになったりとかも駄目)


心に蓋をすることがまた一つ増えてしまった。

この家に来る限り完全には締めにくい蓋だけど、しておかないと溢れてしまう。


(それだけは避けたい)


好きだと言ってもこの間と同じように、体良くあしらわれて終わる。

意識をされるどころか、彼を追い詰めてしまうことになるかもしれない。

胸を痛ませながらも思い起こすのは、昨日見た版画。


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