『ココロ彩る恋』を貴方と……
その人のことを思うと、ぎゅっと胸の奥が痛む。忘れようにも忘れられない過去が、溢れそうになってくる……。



『紫音』


嗄れたような声で呼ばれた気がして顔を上げてみると……


「どうかした?」


食べ終わった兵藤さんがこっちを見ていた。


「…あ、いえ」


どうもぼんやりとしていたらしい。


「ご馳走さま。美味かった」


褒め言葉を述べて立ち上がろうとする彼を見ると、唇にはやはりイカスミが付いたままの状態でいる。


「あの、兵藤さん…」


やはり教えておかないとマズいだろうと思い声をかけた。


「ん?」


一瞬だけど目が合う。


「あの…唇にイカスミが付いたままなので……」


自分の唇を指で指しながら場所を教える。


「えっ、本当!?」


口元を隠す手の大きいことと言ったら。


(指長い……しかも節だけが太い……)


芸術家の手ってこんななんだ…と思いつつ、歯磨きした方がいいと教える。


「多分舌の上も黒いと思いますよ」


だってイカと言えどもスミだからね。


「そんなにか…」


納得のいかない感じだけど、食事室を出た後、真っ直ぐに洗面所へ向かっている。

間もなく洗面所から「げっ!」という声が聞こえ、それがおかしくて笑った。


(兵藤さんてば、イカスミパスタ食べたことないんだ)


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