memory refusal,memory violence

葉書


 乃風さんを家まで送り、自分のアパートに着いた時には日を跨いでいた。部屋に入り、送葉が描いた絵を玄関に入ってすぐの壁に立てかけてポストを確認する。中には近所に新しくオープンしたらしいパン屋と、大学生をターゲットにしたらしいいかにもな宗教勧誘のチラシが一枚ずつと一枚の葉書が入っていた。そして僕はその葉書を見て自分の目を疑った。目を擦って何度も見直す。

「そんな、嘘だろ……」

『送葉』の二文字が浮いて見える。

 その葉書は何度目を擦って見直しても、間違いなく送葉と名乗る人物からのものだった。急な展開に脳が上手く働かない。僕は靴を乱暴に脱ぎ捨て、足音騒がしく部屋に上がって明かりをつける。
 

「誰がこんなことを……」

 送葉は半年前に死んだ。何かの手違いで何カ月も遅れて届いたものかと思ったが、これも押されているハンコの日付は一昨日で間違いがなかった。差出人が死んでから手紙を届けてくれる機関があるとは聞いたことがあるが、どうやらそのようなものでもなさそうだ。では何だ。死んだ人間が手紙を送ってくるわけがない。そうなれば、この葉書は送葉になりすました誰かが送ってきたことになる。差出人も確認してみたが、送葉と書いてあるだけで住所までは書いていない。

 なんにしても僕は葉書を裏返し、書かれている内容を確認してみることにした。そして僕はまたしても目を疑った。


伝達さんへ

 伝達さんこんにちは。こんな葉書が届き伝達さんはきっと驚かれているでしょうね。すみません。お手紙ありがとうございました。精読させていただきましたよ。とても嬉しいです。でも今の私には伝達さんの気持ちがおそらく本来の私より届いていません。
 何故かと言いますと私はまだ完全な送葉になれていないからです。ですから私は送葉というよりも送葉(仮)とか送葉になりうる者とかそういった言い方をしたほうが正しいかもしれません。ですが今回伝達さんに手紙を頂いて本物の送葉になれると確信したのであの手紙を下さった矢先にどうかとも思いましたがこの葉書を送りました。
前回お手紙をくださったところにお返事いただけると嬉しいです。
                                  送葉(仮)より


 一体全体これはどういうことだというのか。たちの悪い悪戯か。いや、そうとは考えにくいような気がする。そんなことをする理由が見つからない。では本当に送葉が書いたものなのか。いや、そんなことは絶対にありえない。いくら僕に送葉への未練があるのだとしても、それくらいの分別はつく。そもそも、僕は手紙のことを誰にも言っていない。送葉(仮)と名乗る人が言う手紙とは、僕が送葉に書いた手紙で間違いないだろう。あれは自己解決とか自己満足、自己完結などという僕の中だけで終わっている問題だ。誰に言うつもりもない。それに封筒には僕の住所なんて書いていない。僕の事をそれなりに多く知っていて、僕が送葉に手紙を書いたことも知っていて、それを送葉のお墓、しかも納骨室に置いてきたことも知っている人物……。やはり思い当たる節はなかった。思い当たるわけがない。これはなしの礫(つぶて)でなければいけない手紙だ。

 僕は考えることをやめようとした。しかし、考えることをやめようとすれば僕の頭には一人の名前と顔が浮かんでしまう。それはきっと、そうであってほしいという僕の希望であって、なんの根拠もないし、それ以上に、そんなことはありえないことなのだけど、僕の頭は彼女でいっぱいになる。

 本当に送葉なのか?

 そんな考えるだけで虚しい妄想に割く時間の方が多かったような気がする。僕は解決することのできない問題に対して理想で解決しようとしてしまう。いつのまにか送葉が差出人だという前提で、妄想を進めてしまっていた。

 そして、妄想を進めたところで僕はふと思い出す。送葉は死んでいるということを。それは送葉が実は生きていましたという話、もしくは生き返りましたという話ならば嬉しい。だけど、僕は送葉が灰になったところまで見ている。ならば、こんな妄想をしたところで虚しいだけだ。

 それに、僕は死んだ送葉を、自分の中にいる送葉をそのまま留めると誓った。確かに、自分の知らない送葉を知りたいとは思うが、こんな誰が送ったのかも、どんな意図があるのかもわからない葉書一枚で自分の中に保管している送葉を動かすのは違う。乃風さんが教えてくれたあの部屋の絵とはわけが違うのだ。

 僕はベッドに寝転がりながら葉書を天井に向けて掲げ、それをしばらく見つめる。

考えたところで無駄か……。

 僕はベッドから起き上がり、机に向かう。僕は葉書に対して返事を書くことにした。返事を書くことで何か新しいことが分かるかもしれない。身動きがとれない状況は確かにあるが、大抵の事は行動することで何かが変わる。

 引き出しから脳ちゃんのレターセットを取り出して筆を執る。


送葉(仮)さんへ

 最初に言っておきたいのですが、この手紙はあくまで送葉ではなく、送葉(仮)さんに出すものなのでご了承下さい。

 葉書を読みました。正直、いろいろな意味で驚きを隠せません。手紙のことは誰にも言っていないのに、いつ、どこで僕が送葉に手紙を書いていることを知ったのでしょうか。僕の身近な人で、送葉のお墓に向かい、尚且つ納骨室を開けるような人が僕には思い浮かびません。送葉のご両親かとも思いましたが、きっと僕の住所までは知らないのではないかと思います。もしかしたら、僕と送葉の関係も知らないかもしれません。なら、あなたは一体誰ですか? 僕にわかることは送葉ではないということだけです。送葉(仮)さんがいったい誰なのか教えてくれると助かります。

 また、もし僕を惑わすだけの悪戯なのだとしたら今後こういったことはやめていただきたいです。逆にこの行為に僕を気遣うという意味があるのだとしても同様です。確信したと書いていましたが、送葉(仮)さんもわかっているとは思います。あなたは送葉の代わりにはなれません。ましてや本物の送葉にもなれません。

 このようなことをしなければならない理由があるのだとしたら、それも教えてください。対応を考えます。
                            文元伝達より

追伸 お返事がいただけるなら葉書ではなく、封筒に入れた手紙でいただければ嬉しいです。あと送葉(仮)さんの住所も記して欲しいです。

 手紙を書き終え、封筒にしまう。そして封筒には『送葉(仮)さんへ』と書いた。手紙を書き終えたころには僕も大分落ち着きを取り戻していた。
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