memory refusal,memory violence
第二章:変わらない人
声
「伝達さん」
後方から僕を呼ぶ声がした。誰だろう。細いけど、澄んだ声だ。聞いたことのないはずの声なのに、何処か慣れ親しんだ心地良さがある。ああ、そうか。ここまで似せているのか。僕は振り返り、彼女の姿を確認する。そこにはセーラー服を着た、一人の女の子。きっと高校生だ。
「君が送葉(仮)さんだね」
「はい」
彼女は細く、けれどハッキリとそう口にした。送葉と声質が似ているわけではないが、声の出し方が、口調が、とてもよく似ている。
「驚きましたか?」
送葉(仮)さんはそう言いながら、僕の横を通り過ぎてお墓の手入れを始める。
「驚いた。君から姿を見せてくれるとは思わなかったし、こんなに早く会えるとも思ってなかった」
送葉(仮)さんを目で追いながら僕は体の向きを変える。
「私も、こんなに早くお返事が貰えるとは思ってなかったです。今日だってお墓の手入れをするだけのつもりで来たんです」
「毎日掃除をしてるの?」
「はい。かれこれ半年以上続けてます。最近は伝達さんからの返事を待ちながら、モチベーションを保っています。最近寒いじゃないですか。楽しみがないとやる気がちょっと削がれるんです」
送葉(仮)さんは慣れた手つきで送葉のお墓に水を掛け、お墓を磨いていく。
「君は送葉とどんな関係なの? 姉妹?」
「彼女から妹がいるって聞いてましたか?」
「いいや」
「そうですよね。言ってませんし」
「そんなこと訊いてないよ。君と送葉の関係を知りたいんだ」
「あぁ、そっちですか」
「最初からそっちだよ」
「ちょっと待ってください。今、お墓の手入れをしてるんです」
こっちは送葉(仮)さんを前にして、聞きたいことで頭がいっぱいになっている。けど、女子高生に対して、余裕のない様子を見せるのも嫌だったため、「手伝おうか?」と声を掛けた。彼女は「じゃあ、そこら辺の雑草抜いてください」と指示を出したから、僕はおとなしくお墓の周りにある、生えたばかりの雑草をちまちまと抜く作業をした。
掃除が一段落したのだろう。最後に納骨室から僕がさっき置いた手紙を取り出すと、立ち上がった送葉(仮)さんは背伸びをした。セーラー服が持ち上がり、中に来ている水色のキャミソールが覗く。元々汚いところがないくらい墓石もその周りも綺麗だ。掃除にはさほど時間は掛からなかった。
「さて、行きましょうか」
手紙を鞄にしまい、手際よく掃除の片付けを済ましながら送葉(仮)さんは言う。
「行くって何処に?」
「そこに停めてあった車って伝達さんのですよね?」
「そうだけど」
「じゃあ乗せていって下さい。そんなに遠くありませんから」
送葉(仮)さんは僕の聞きたいことには答えず、片付けを終えると僕よりも先に車の方へ歩いて行く。僕は不思議な子だなと思いながらも、やはりそのやりとりに懐かしさを感じていた。
心臓がピクリと反応する。何かが僕の中でせりあがる。
「鍵を開けてくれませんか?」
先に車の前で待っていた送葉(仮)さんは少し遅れてやってきた僕に車の開錠を求める。
「君は僕に全く警戒心がないの? 初めてあった男の車に一人で乗るのって、女子高生とかからすれば結構勇気のいることじゃない?」
「伝達さんはこの姿の私を初めてみるかもしれませんが、私はもう何度も伝達さんの車に乗っていますよ。伝達さんじゃなきゃそんなことお願いしません」
そんなことを言われても困ってしまう。彼女が何を言っているのかが全く理解できない。送葉(仮)さんとは間違いなく今日初めて会った。車に乗せたことなんてあるはずがない。そんなことで悩んでいると、送葉(仮)さんは何を勘違いしたのかおかしなことを言い出した。
「それとも、伝達さんは車の中で、私に何かいかがわしいことをするつもりなのでしょうか?」
「す、するわけないだろ!」
「してもいいですけど」
「え!?」
「冗談ですよ。伝達さんはそんな勇気ないはずです」
「知った様な口で言ってくれるな」
「何でも知っていますよ、伝達さんのことは」
意味深な笑みを僕に向けると、送葉(仮)さんは自分の手の平を擦りあわせた。季節は秋だ。山の中にあるこの田舎町の夕方は、キャミソールとセーラー服だけでは少し寒いかもしれない。
「分かったよ。仕方ないな」
そう言って僕はリモコンキーで車を開錠した。二人で車に乗り込む。この車は安さに最も重点を置いて買った中古車だ。年式も古い。喫煙車と禁煙車というのは気にしなかった。そのため、今でも車の中は少しヤニくさい。送葉はこの車に乗るたび、その臭いにやられて鼻に皺を寄せた。そして、送葉(仮)さんも同じように鼻に皺を寄せた。
車を発進させる。初めて会った女子高生を助手席に乗せているという状況に、僕は僅かに緊張していた。緊張を紛らわせるための会話の種ならいくらでも持っている筈なのに、何故か僕は自分から話しかけることが出来なかった。きっと慣れない土地を走っているからだろう。
「二百メートルくらい先を右です」「そこを大きく左方向です」という送葉(仮)さんのカーナビみたいな指示に従いながら僕は少しの間、車を走らせた。
十分ほど車を走らせると、送葉(仮)さんが「ここで停めて下さい」と言った。僕は指示通り車を停る。ドアを開けて「少し待っていて下さい」と言うと、送葉(仮)さんは目の前にある周りの家よりも一回り大きな建物に入っていった。僕はその建物の横に車を停め、ハザードランプを付ける。慣れている筈のヤニ臭さが鼻を刺激した。こういう時に煙草を吸うんだろうなと、なんとなく思いながら周りの風景を見ていると、送葉(仮)さんの入っていった建物の表札のようなものが目に留まった。普通の家よりも随分大きな表札だ。僕はエンジンを掛けたまま車を降り、表札の前まで歩く。
『四葉児童ハウス』
建物の名前とその景観を見て判断する限り、どうやらここは児童養護施設らしい。つまり、今さっきここに入っていった送葉(仮)さんは、この施設の子ということなのだろうか。僕の中で謎がまた増える。
「どうしたんですか?」
僕が表札を見つめて立っていると、送葉(仮)さんが戻ってきた。服を着替えている。ニットセーターにチェック柄のスカート。全体的に落ち着いた色合いをしている。だが、僕がまず最初に気にしたのはそんなことではなく、彼女が肩にかけている大きな旅行鞄だった。
「何それ」
「行きましょう」
「どこに?」
「伝達さんの家です」
「うん、分からない。どういうこと?」
「しばらくの間、伝達さんのお家に泊めて下さい」
僕は頭を抱えた。オープンなのかそうでないのかがさっきからいまいち掴めない。一体、この子は何を考えているんだろうか。
「あのさ、君、女子高生でしょ。明日も学校あるでしょ」
「別に皆勤賞を狙っているわけではありません」
「成績とかにも影響してくるんじゃない?」
「問題ありません。高校までの教養は全て頭に入っています」
「そんな、天才じゃあるまいし」
「あなたの知っている送葉は天才じゃなかったですか?」
言葉に詰まった。僕の知っている送葉は、送葉と同じ道を行く人間から天才だと噂されるくらいの人間だった。もし、そうでなかったとしても、僕の通っている大学の心理学部は全国でもトップレベルの偏差値を誇る。常人から見れば心理学部にいる人間全員が天才に見える。そんな明晰な人たちから天才と言われるくらいだから、送葉はやはり卓越した存在だったのだろう。
「確かに送葉は天才だったかもしれない。でも、君と送葉は違うでしょ」
「同じですよ。なんか酷いです」
彼女は僕の目を見て言い切る。突き刺すような視線で僕を見つめ、訴える。だけど、そんなあり得ないことを鵜呑みにして素直にそうなのかと信じられるほど、僕は子供じゃない。
「すぐにばれる嘘はつかないほうがいいよ」
「すぐには信じてもらえない真実です」
彼女は食い下がらない。これでは埒が明かない。どうしたものかと、鼻先を掻いているいると、建物の中から紙袋を持った一人の女性が出てきた。「こんにちは」と小さく頭を下げるとピンク色のサンダルをペタペタと鳴らしながら僕の方へ近付いてくる。割烹(かっぽう)着(ぎ)を着た肉付きの良い女性だ。
「あなたが文元さん?」
「はい」
「ここの職員をやっています、今村です。この子をよろしくお願いします」
いきなり飛び出した思いもよらない言葉に僕はたじろぐ。僕は、今まさに許可を取ったのかと送葉(仮)さんに訊こうとしていたところだった。
「あのぉ、本当にいいんですか?」
「ダメって言っても、どうせこの子は行くつもりですから。情けないことなんですけど、いつも私、この子に言いくるめられちゃうんです。それに、来年から通う予定の大学にも見学に行きたいらしいですし」
「はぁ」
「でも、しっかりした子なので、信頼もしてるんですよ」
「いや、でも……」
「お願いします」
そう言って、今村さんは僕の手に持ってきた紙袋を半ば強引に握らせた。僕はそれ以上何も言えず、あれよあれよと送葉(仮)さんを家まで連れて行くはめになってしまった。
送葉のお墓からの帰り。『四葉児童ハウス』からの帰り道。助手席には一人の女子高生、送葉(仮)さんが乗っている。
僕は何故こうなったのかの頭の整理が追い付かず、無言で車を走らせている。今村さんにもっと話を聞いておけばよかったと今更後悔していた。送葉(仮)さんは、今村さんから持たされた紙袋を抱えながら隣で寝息を立てている。
「君は一体何者なんだい」
前を見ながら隣で眠る少女に問いかけてみるが、その言葉は車内を一周し、ラジオの音にかき消された。
赤信号になるたびに彼女の寝顔を確認する。数回に一度、彼女の姿が送葉と重なる。嫌な既視感だ。送葉もよく僕の車に乗る時は研究疲れで寝てしまっていた。彼女が送葉と重なるたび、僕はそんなはずないと前を向き直す。
僕の中の送葉は変わらせない。運転しながら何度も自分に言い聞かせる。
後方から僕を呼ぶ声がした。誰だろう。細いけど、澄んだ声だ。聞いたことのないはずの声なのに、何処か慣れ親しんだ心地良さがある。ああ、そうか。ここまで似せているのか。僕は振り返り、彼女の姿を確認する。そこにはセーラー服を着た、一人の女の子。きっと高校生だ。
「君が送葉(仮)さんだね」
「はい」
彼女は細く、けれどハッキリとそう口にした。送葉と声質が似ているわけではないが、声の出し方が、口調が、とてもよく似ている。
「驚きましたか?」
送葉(仮)さんはそう言いながら、僕の横を通り過ぎてお墓の手入れを始める。
「驚いた。君から姿を見せてくれるとは思わなかったし、こんなに早く会えるとも思ってなかった」
送葉(仮)さんを目で追いながら僕は体の向きを変える。
「私も、こんなに早くお返事が貰えるとは思ってなかったです。今日だってお墓の手入れをするだけのつもりで来たんです」
「毎日掃除をしてるの?」
「はい。かれこれ半年以上続けてます。最近は伝達さんからの返事を待ちながら、モチベーションを保っています。最近寒いじゃないですか。楽しみがないとやる気がちょっと削がれるんです」
送葉(仮)さんは慣れた手つきで送葉のお墓に水を掛け、お墓を磨いていく。
「君は送葉とどんな関係なの? 姉妹?」
「彼女から妹がいるって聞いてましたか?」
「いいや」
「そうですよね。言ってませんし」
「そんなこと訊いてないよ。君と送葉の関係を知りたいんだ」
「あぁ、そっちですか」
「最初からそっちだよ」
「ちょっと待ってください。今、お墓の手入れをしてるんです」
こっちは送葉(仮)さんを前にして、聞きたいことで頭がいっぱいになっている。けど、女子高生に対して、余裕のない様子を見せるのも嫌だったため、「手伝おうか?」と声を掛けた。彼女は「じゃあ、そこら辺の雑草抜いてください」と指示を出したから、僕はおとなしくお墓の周りにある、生えたばかりの雑草をちまちまと抜く作業をした。
掃除が一段落したのだろう。最後に納骨室から僕がさっき置いた手紙を取り出すと、立ち上がった送葉(仮)さんは背伸びをした。セーラー服が持ち上がり、中に来ている水色のキャミソールが覗く。元々汚いところがないくらい墓石もその周りも綺麗だ。掃除にはさほど時間は掛からなかった。
「さて、行きましょうか」
手紙を鞄にしまい、手際よく掃除の片付けを済ましながら送葉(仮)さんは言う。
「行くって何処に?」
「そこに停めてあった車って伝達さんのですよね?」
「そうだけど」
「じゃあ乗せていって下さい。そんなに遠くありませんから」
送葉(仮)さんは僕の聞きたいことには答えず、片付けを終えると僕よりも先に車の方へ歩いて行く。僕は不思議な子だなと思いながらも、やはりそのやりとりに懐かしさを感じていた。
心臓がピクリと反応する。何かが僕の中でせりあがる。
「鍵を開けてくれませんか?」
先に車の前で待っていた送葉(仮)さんは少し遅れてやってきた僕に車の開錠を求める。
「君は僕に全く警戒心がないの? 初めてあった男の車に一人で乗るのって、女子高生とかからすれば結構勇気のいることじゃない?」
「伝達さんはこの姿の私を初めてみるかもしれませんが、私はもう何度も伝達さんの車に乗っていますよ。伝達さんじゃなきゃそんなことお願いしません」
そんなことを言われても困ってしまう。彼女が何を言っているのかが全く理解できない。送葉(仮)さんとは間違いなく今日初めて会った。車に乗せたことなんてあるはずがない。そんなことで悩んでいると、送葉(仮)さんは何を勘違いしたのかおかしなことを言い出した。
「それとも、伝達さんは車の中で、私に何かいかがわしいことをするつもりなのでしょうか?」
「す、するわけないだろ!」
「してもいいですけど」
「え!?」
「冗談ですよ。伝達さんはそんな勇気ないはずです」
「知った様な口で言ってくれるな」
「何でも知っていますよ、伝達さんのことは」
意味深な笑みを僕に向けると、送葉(仮)さんは自分の手の平を擦りあわせた。季節は秋だ。山の中にあるこの田舎町の夕方は、キャミソールとセーラー服だけでは少し寒いかもしれない。
「分かったよ。仕方ないな」
そう言って僕はリモコンキーで車を開錠した。二人で車に乗り込む。この車は安さに最も重点を置いて買った中古車だ。年式も古い。喫煙車と禁煙車というのは気にしなかった。そのため、今でも車の中は少しヤニくさい。送葉はこの車に乗るたび、その臭いにやられて鼻に皺を寄せた。そして、送葉(仮)さんも同じように鼻に皺を寄せた。
車を発進させる。初めて会った女子高生を助手席に乗せているという状況に、僕は僅かに緊張していた。緊張を紛らわせるための会話の種ならいくらでも持っている筈なのに、何故か僕は自分から話しかけることが出来なかった。きっと慣れない土地を走っているからだろう。
「二百メートルくらい先を右です」「そこを大きく左方向です」という送葉(仮)さんのカーナビみたいな指示に従いながら僕は少しの間、車を走らせた。
十分ほど車を走らせると、送葉(仮)さんが「ここで停めて下さい」と言った。僕は指示通り車を停る。ドアを開けて「少し待っていて下さい」と言うと、送葉(仮)さんは目の前にある周りの家よりも一回り大きな建物に入っていった。僕はその建物の横に車を停め、ハザードランプを付ける。慣れている筈のヤニ臭さが鼻を刺激した。こういう時に煙草を吸うんだろうなと、なんとなく思いながら周りの風景を見ていると、送葉(仮)さんの入っていった建物の表札のようなものが目に留まった。普通の家よりも随分大きな表札だ。僕はエンジンを掛けたまま車を降り、表札の前まで歩く。
『四葉児童ハウス』
建物の名前とその景観を見て判断する限り、どうやらここは児童養護施設らしい。つまり、今さっきここに入っていった送葉(仮)さんは、この施設の子ということなのだろうか。僕の中で謎がまた増える。
「どうしたんですか?」
僕が表札を見つめて立っていると、送葉(仮)さんが戻ってきた。服を着替えている。ニットセーターにチェック柄のスカート。全体的に落ち着いた色合いをしている。だが、僕がまず最初に気にしたのはそんなことではなく、彼女が肩にかけている大きな旅行鞄だった。
「何それ」
「行きましょう」
「どこに?」
「伝達さんの家です」
「うん、分からない。どういうこと?」
「しばらくの間、伝達さんのお家に泊めて下さい」
僕は頭を抱えた。オープンなのかそうでないのかがさっきからいまいち掴めない。一体、この子は何を考えているんだろうか。
「あのさ、君、女子高生でしょ。明日も学校あるでしょ」
「別に皆勤賞を狙っているわけではありません」
「成績とかにも影響してくるんじゃない?」
「問題ありません。高校までの教養は全て頭に入っています」
「そんな、天才じゃあるまいし」
「あなたの知っている送葉は天才じゃなかったですか?」
言葉に詰まった。僕の知っている送葉は、送葉と同じ道を行く人間から天才だと噂されるくらいの人間だった。もし、そうでなかったとしても、僕の通っている大学の心理学部は全国でもトップレベルの偏差値を誇る。常人から見れば心理学部にいる人間全員が天才に見える。そんな明晰な人たちから天才と言われるくらいだから、送葉はやはり卓越した存在だったのだろう。
「確かに送葉は天才だったかもしれない。でも、君と送葉は違うでしょ」
「同じですよ。なんか酷いです」
彼女は僕の目を見て言い切る。突き刺すような視線で僕を見つめ、訴える。だけど、そんなあり得ないことを鵜呑みにして素直にそうなのかと信じられるほど、僕は子供じゃない。
「すぐにばれる嘘はつかないほうがいいよ」
「すぐには信じてもらえない真実です」
彼女は食い下がらない。これでは埒が明かない。どうしたものかと、鼻先を掻いているいると、建物の中から紙袋を持った一人の女性が出てきた。「こんにちは」と小さく頭を下げるとピンク色のサンダルをペタペタと鳴らしながら僕の方へ近付いてくる。割烹(かっぽう)着(ぎ)を着た肉付きの良い女性だ。
「あなたが文元さん?」
「はい」
「ここの職員をやっています、今村です。この子をよろしくお願いします」
いきなり飛び出した思いもよらない言葉に僕はたじろぐ。僕は、今まさに許可を取ったのかと送葉(仮)さんに訊こうとしていたところだった。
「あのぉ、本当にいいんですか?」
「ダメって言っても、どうせこの子は行くつもりですから。情けないことなんですけど、いつも私、この子に言いくるめられちゃうんです。それに、来年から通う予定の大学にも見学に行きたいらしいですし」
「はぁ」
「でも、しっかりした子なので、信頼もしてるんですよ」
「いや、でも……」
「お願いします」
そう言って、今村さんは僕の手に持ってきた紙袋を半ば強引に握らせた。僕はそれ以上何も言えず、あれよあれよと送葉(仮)さんを家まで連れて行くはめになってしまった。
送葉のお墓からの帰り。『四葉児童ハウス』からの帰り道。助手席には一人の女子高生、送葉(仮)さんが乗っている。
僕は何故こうなったのかの頭の整理が追い付かず、無言で車を走らせている。今村さんにもっと話を聞いておけばよかったと今更後悔していた。送葉(仮)さんは、今村さんから持たされた紙袋を抱えながら隣で寝息を立てている。
「君は一体何者なんだい」
前を見ながら隣で眠る少女に問いかけてみるが、その言葉は車内を一周し、ラジオの音にかき消された。
赤信号になるたびに彼女の寝顔を確認する。数回に一度、彼女の姿が送葉と重なる。嫌な既視感だ。送葉もよく僕の車に乗る時は研究疲れで寝てしまっていた。彼女が送葉と重なるたび、僕はそんなはずないと前を向き直す。
僕の中の送葉は変わらせない。運転しながら何度も自分に言い聞かせる。