memory refusal,memory violence
僕が送葉の眠る墓地に来るのは初めてのことだ。狭い敷地のどこに送葉の墓石があるのかは把握していない。もしかしたらこの墓地には送葉はいないかもしれないが、ここにいないという確信もないので僕はこの墓地で送葉の墓石を探すことにする。
墓地の横に車を停め、手紙だけを手に取り車を降りる。
僕は広くない共同墓地から『御状』の文字が刻まれた墓石を探す。そこはかとなく緊張している自分がいた。送葉に会うのは一カ月ぶりだ。
墓地の奥に進むと、一列に並ぶ墓石を挟んで、後列にある真新しい一基の墓石が目についた。
『御状家之墓』
きっと送葉の墓だ。僕は右手に持った一通の便箋を少しだけ強く握り、送葉の墓に近づいた。
確認してみると、そこはやはり送葉のお墓だった。戒名では本当に送葉のお墓なのか分からなかったが、戒名の下には生前の名前も書いてある。それに偶然、供えてあった供花に『送葉さん』と書かれたタグが紐で掛けられていたため、確信を得ることができた。僕は少し嬉しい気持ちになった。あり得ないことはではないが、両親や親族がさん付けで名前を呼ぶのは少数派だろう。こちらにも男であれ、女であれ、送葉を想ってくれている人がいたと分かったことは僕にとってとても嬉しいことだった。
送葉の墓を見つけたところで僕は周りを確認した。どうやら墓には僕以外誰もいないらしい。それに、真新しい御状家の墓にも今は送葉以外に供養されている人はいないらしい。気にすることでもないが、これなら誰に気兼ねするでもなく送葉に別れが告げられそうだ。
元々綺麗だった送葉の墓に少しだけ手を加え、送葉の墓前で手を合わせる。線香も花も持ってきていない。忘れていた。持ってきたのは右手に握った、独りよがりで自己満足のたった一通の別れの手紙。不躾(ぶしつけ)なことなのかもしれない。けど、これだけあれば他には何もいらない。
何処におけばいいだろう。少しの間逡巡して決めたのは納骨室だった。雨風を凌ぐことができるし、なにより送葉に一番近い。扉を僕が勝手な理由で開くのは躊躇われたが、結局そこに決めた。誰に何と言われようと送葉に少しでも近いところに置きたかった。
骨壺の上に手紙を置き、扉を閉める。
これで本当に終わりにする。
墓前で手を合わせ、目を瞑りながら送葉との思い出をもう一度しっかりと思い浮かべる。
楽しく、温かく、愛おしくて、幸せな日々だった。これだけは紛うことのない事実だ。これからも揺るがすつもりはない。だけど、それ故に悲しく、辛く、痛くて、苦しい。
でも、これでいい。これで最後だ。ここで別れを告げることができたなら、送葉との時間に終止符を打つことができたなら、僕はきっとこれからもやっていける。
ただただ激しい胸の痛みに耐え、思い出せるものは全部思い浮かべる。思い出とともに顔、身体、声、仕草、性格、いろいろなものをできる限り細分化して思い浮かべる。時間は惜しまない。僕にとっての人生の節目だ。これより重要なことは他にない。
崩してしまわないように丁寧に、丁寧に、丁寧に……。
納得のいくまで深く、深く、深く……。
一体どれくらいの間そうしていただろう。目を開いた時には既に斜陽が僕と送葉を照らしていた。
合わせていた手には、いつの間にか力が籠っていた。そして、頬はひどく濡れていた。鼻を啜ってから大きく息を吐く。
「さようなら」
声を出してできるだけの笑顔で僕は言った。
送葉に別れを告げたことで、僕の考え方は大きく変わった。痛みは今も消えない。これからも消えることはないんだろう。ただ、この痛みとの付き合い方を見つけることができたような気がする。きっと痛くてもいいんだ。痛くて当然なんだ、そう思えるようになった。僕なりのケジメはきっとつけることができたと思う。もし、またどうしようもなくなったなら、またここに来ればいい。それでいいんだ。そして帰るときには「さようなら」と言おう。何度も最後を繰り返すくらいのわがままは生きているうちは許してもらいたい。
僕は送葉を心に留めておくことができればそれでいいのだから。
墓地の横に車を停め、手紙だけを手に取り車を降りる。
僕は広くない共同墓地から『御状』の文字が刻まれた墓石を探す。そこはかとなく緊張している自分がいた。送葉に会うのは一カ月ぶりだ。
墓地の奥に進むと、一列に並ぶ墓石を挟んで、後列にある真新しい一基の墓石が目についた。
『御状家之墓』
きっと送葉の墓だ。僕は右手に持った一通の便箋を少しだけ強く握り、送葉の墓に近づいた。
確認してみると、そこはやはり送葉のお墓だった。戒名では本当に送葉のお墓なのか分からなかったが、戒名の下には生前の名前も書いてある。それに偶然、供えてあった供花に『送葉さん』と書かれたタグが紐で掛けられていたため、確信を得ることができた。僕は少し嬉しい気持ちになった。あり得ないことはではないが、両親や親族がさん付けで名前を呼ぶのは少数派だろう。こちらにも男であれ、女であれ、送葉を想ってくれている人がいたと分かったことは僕にとってとても嬉しいことだった。
送葉の墓を見つけたところで僕は周りを確認した。どうやら墓には僕以外誰もいないらしい。それに、真新しい御状家の墓にも今は送葉以外に供養されている人はいないらしい。気にすることでもないが、これなら誰に気兼ねするでもなく送葉に別れが告げられそうだ。
元々綺麗だった送葉の墓に少しだけ手を加え、送葉の墓前で手を合わせる。線香も花も持ってきていない。忘れていた。持ってきたのは右手に握った、独りよがりで自己満足のたった一通の別れの手紙。不躾(ぶしつけ)なことなのかもしれない。けど、これだけあれば他には何もいらない。
何処におけばいいだろう。少しの間逡巡して決めたのは納骨室だった。雨風を凌ぐことができるし、なにより送葉に一番近い。扉を僕が勝手な理由で開くのは躊躇われたが、結局そこに決めた。誰に何と言われようと送葉に少しでも近いところに置きたかった。
骨壺の上に手紙を置き、扉を閉める。
これで本当に終わりにする。
墓前で手を合わせ、目を瞑りながら送葉との思い出をもう一度しっかりと思い浮かべる。
楽しく、温かく、愛おしくて、幸せな日々だった。これだけは紛うことのない事実だ。これからも揺るがすつもりはない。だけど、それ故に悲しく、辛く、痛くて、苦しい。
でも、これでいい。これで最後だ。ここで別れを告げることができたなら、送葉との時間に終止符を打つことができたなら、僕はきっとこれからもやっていける。
ただただ激しい胸の痛みに耐え、思い出せるものは全部思い浮かべる。思い出とともに顔、身体、声、仕草、性格、いろいろなものをできる限り細分化して思い浮かべる。時間は惜しまない。僕にとっての人生の節目だ。これより重要なことは他にない。
崩してしまわないように丁寧に、丁寧に、丁寧に……。
納得のいくまで深く、深く、深く……。
一体どれくらいの間そうしていただろう。目を開いた時には既に斜陽が僕と送葉を照らしていた。
合わせていた手には、いつの間にか力が籠っていた。そして、頬はひどく濡れていた。鼻を啜ってから大きく息を吐く。
「さようなら」
声を出してできるだけの笑顔で僕は言った。
送葉に別れを告げたことで、僕の考え方は大きく変わった。痛みは今も消えない。これからも消えることはないんだろう。ただ、この痛みとの付き合い方を見つけることができたような気がする。きっと痛くてもいいんだ。痛くて当然なんだ、そう思えるようになった。僕なりのケジメはきっとつけることができたと思う。もし、またどうしようもなくなったなら、またここに来ればいい。それでいいんだ。そして帰るときには「さようなら」と言おう。何度も最後を繰り返すくらいのわがままは生きているうちは許してもらいたい。
僕は送葉を心に留めておくことができればそれでいいのだから。