memory refusal,memory violence

文通

 綾香との電話を終え、脳ちゃんのシールを剥がす。内容を読むことに少しだけ覚悟をする時間が必要だったが、僕はもう揺るがない。そう決めている。
読点のない読みにくい文章。『さ』の癖字。死んだ彼女と全く同じ特徴を持った女の子からの手紙。死んだ彼女だと主張する女の子からの手紙。それでも、僕はもう動揺しない。

 僕は送葉(仮)さんを送葉(仮)さんとして認識する。彼女が本当に送葉だとしても初めから始めればいい。

 頭の中で自分の意思を確認してから僕は手紙に目を通す。



伝達さんへ

 先日はいろいろとすみませんでした。少々やりすぎたかなと思っています。でもこれ以上伝達さんを傷つけないためには必要なことだったのです。どうかお許しください。すみませんでした。

 一緒にいられた時間はほんの少しでしたが私は久しぶりに伝達さんや綾香と同じ時間を過ごせてとても幸せでした。乃風さんを一目見られたのも良かったです。

 本題に入ります。伝達さんからほとんど奪う形になってしまいましたが預かった絵にこれから手を加えます。完成は一週間後の予定です。ですので次の木曜日夕方四時ごろにあのお墓に来ていただけないでしょうか。最初で最後であり最後で最初の鑑賞会をします。全てがこれで解決します。待っています。

送葉

 『さ』の癖字。読点がなく読みにくい文。要点だけまとめられた端的な内容。実に送葉らしい手紙だ。だが、彼女は僕と付き合っていたころの送葉ではない。送葉らしいのではなく、送葉(仮)、いや、送葉さんらしい。

 僕は心の切り替えをすぐにできるタイプではない。そんなことは送葉が死んでから嫌なくらい自覚している。だから、ないと言えば嘘になるが、捉え方を変えるだけで、随分と心の騒めきは穏やかなものになる。

「木曜日の夕方か。ゼミ行ってからでも間に合うな」

 そんな少し考えればできる判断も以前の僕ならばできなっただろう。でも、今の僕はできる。

 涼人のおかげで、綾香のおかげで、もしかしたら見えないところでもっと多くの人に支えられているかもしれない。自分で言うにはまだまだ早計かもしれないけど、僕は皆のおかげで一歩を踏み出すことができた。

 レターセットを机から取り出し筆を執る。

 封筒の裏面に四葉児童ハウスの住所を調べて書き、表には送葉さんへと書く。そして、中に入れる手紙には、


楽しみにしてる!


 その一言だけを記す。下準備のされた封筒にそれを入れ、脳ちゃんシールで封をする。
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