memory refusal,memory violence
ダイヤモンドリリー
送葉の墓前に来るのはこれで三度目だ。墓石とその周りは相変わらず送葉さんがほとんど毎日行っているという掃除によって綺麗に保たれている。今日も花筒には沢山の花が供えられていた。
「また来たよ」
指定された時間よりも早く着いたこともあり、手を合わせながら僕は送葉に話しかける。
「君もまた随分と変わった知り合いがいるもんだね。送葉さんには踊らされっぱなし」
僕は送葉さんに会ってからの事を一つ一つ丁寧に語っていく。
「彼女に会ってから僕はまたダメになりそうだったよ。知ってた? 弱いんだ、僕。なんで送葉が僕を好きになってくれたのか不思議なくらい弱くて格好悪い。ほんと、自信なくすよ。涼人や綾香には世話になりっぱなしだ」
一つ一つ、僕の弱さを包み隠さず語っていく。こんなにもあるのかと自分でも呆れるほどの弱さを赤裸々に送葉に伝える。
「それでも君は、僕を好きでいてくれただろうか?」
風が吹く。嘲笑ったのだろうか。それとも微笑んでくれたのだろうか。僕には判断できない。僕の中の送葉はもう動かない。
僕は目を開く。早めに着いただけあって、十分に話を聞いてもらえた。
周りを見渡してみたが、まだ送葉さんは来ている様子はない。送葉さんが来る前に僕が掃除をしてしまおう。そう思い立ち、お墓のそばに置いてある掃除道具に目をやったその時、花筒に活けられている沢山の花の中に混ざっていた一本の花に目に留まった。他の花に隠れて、控えめに咲いていたため、今まで気付かなかった。僕はその花に手を添える。僕の知らない花だった。ヒガンバナの一種だろうか。しかし、僕の知っているヒガンバナとは少し違って見える。この花を僕は見たことがある。これは送葉さんが持って行ったあの絵に描かれていた花だ。
「ネリネって花ですよ」
後ろから声を掛けられた。さっきは近くに居る気配を感じられなかったが、いつの間にか送葉さんは僕のそばまで来ていたらしい。けれど、急に声を掛けられたのにも関わらず、僕はさほど驚かなかった。
送葉さんは衣替えをしたのだろう。以前ここであった時とは違い、黒色の冬用セーラー服を纏(まと)っている。そして、学生鞄を持っていない代わりに、細い両腕を目一杯使って、カバーの掛かったキャンバスとイーゼルを抱えていた。
「ネリネ?」
「別名はダイヤモンドリリーです」
共に聞いたことのない名前だった。
「ヒガンバナ科の花です」
送葉さんはそう言い荷物を墓の脇に置くと、前のように墓の掃除を始めた。僕は何も聞かずにそれに加わる。以前より雑草は多くないが落ち葉が多い。肌寒い風が吹く中、僕と送葉さんは二人で送葉のお墓を綺麗にした。
「さて、行きましょうか」
一通り、掃除を終えると送葉さんは置いた荷物を再び抱えて言う。
「鑑賞会の会場はどこかな?」
「今からお連れします。また車に乗せてもらってもいいですか?」
送葉さんの指示に従い、五分ほど車を走らせて行き着いたのは橋だった。この橋は何度か通ったことがある。結構な高さがあり、下には川が流れている。少し寂れているが、立派な橋だ。
橋の手前に車を停め、二人で橋を渡る。イーゼルは僕が持ち、絵は送葉さんが持った。
「どこ行くの?」
「ここです」
橋の中腹辺りで僕が訊くと、送葉さんはそう言って足を止めた。
「ここ?」
鑑賞会の場所にしては随分と場違いに思える場所に、僕は思わず聞き返す。
「はい。ここが鑑賞会の会場です。イーゼルをください」
疑問に思いながらも素直にイーゼルを送葉さんに渡す。イーゼルをその場に立てた送葉さんはその上にカバーを掛けたままの絵を置いた。
夕日をバックにした形で絵がセットされる。
スマートフォンで時刻を確認する。時刻は午後四時四〇分を少し過ぎたところだ。
「会場では携帯などの電源はお切りください」
「了解」
電源を切ることの意味を見出すことはできなかったが、僕は彼女の言う通り、スマートフォンの電源を落とす。ここはどこをどう見ても橋の上だが、彼女が会場だと言うならここは鑑賞会場だ。静粛にするべきところだ。
「それでは、時間まで反対側の歩道でお待ちください」
僕がスマートフォンの電源を切ったことを確認すると送葉さんは言う。
「これじゃ逆光で見難いよ」
「これでいいんです。時間が来ればこの景色全体が絵になります」
「つまり、君の言う絵はこの橋や夕焼けとかも含まれるってこと」
「そう言うことです」
「それは幻想的だ」
僕は送葉さんに言われた通り、反対側の歩道に渡り、絵とは反対側の景色を眺めた。送葉さんもこちら側に渡り、僕と同じ景色を眺めた。お互いに言葉はなかったが、変な気まずさも不思議と感じなかった。僕と送葉さんは来る時が来るまで、ただただ二人で景色を眺めた。
烏が鳴きながら山に帰ってきている。
橋の下から渓声が聞こえる。
秋風が山の木々を揺らし、枯葉を落とす。
一日の役目を終えようとしている太陽が僕と送葉さんの背中を照らしている。
僕の正面からは紫色の空がじわじわと迫ってきている。
一番星を見つけた。あれは金星だろうか。どうだろう。一つ見つけると次々と星を見つけられた。
送葉さんが艶やかな髪を揺らしてどこか遠くを見ている。まるでこの風景に、自然に溶け込んでいるかのようだ。とても絵になる。
そう、絵になる。
僕には彼女が何を考えているかわからない。本当に、全く分からない。
けれど、彼女が今ここで必要な要素だという事はなんとなく分かった。鳴く烏。渓流の音。揺れる木々。落ちる枯葉。吹く風。沈みかけの太陽。迫る夜。輝きだす星。他にも沢山あるのだろう。そのどれもがこの絵に必要な要素であり、彼女もまた、この絵には必要なのだ。
僕はこの風景に溶け込めているだろうか。多分、僕は違う。僕は鑑賞者だ。絵にはならない。
「そろそろですかね」
送葉さんが呟く。スマートフォンの電源を落としているため、正確な時間は分からないが、おそらくもうすぐ午後五時だ。
太陽が沈みかけているから、さっきまでの逆光よりは見え安いかもしれない。でも、そんなことは関係ないのだろう。彼女が見せたいのはこのキャンバスの絵だけではない。このキャンバスに描かれた絵も、彼女が僕に見せたい絵の一部でしかない。もしかすると、この逆光でさえ、この絵には必要なものなのかもしれない。
「伝達さん」
身体を翻しながら送葉さんが僕の名前を呼ぶ。
「何?」
僕も同じように身体を回転させた。
「好きですよ」
半分以上沈んでしまった太陽が彼女の顔を紅潮させる。
「何だよいきなり」
「伝わりました?」
「どうだろう」
僕より少し前に立ち、正面を見据える彼女の顔は今どんな表情をしているのだろう。
「伝達さん」
「何?」
「そこにいて下さい」
そう言うと送葉さんは車道を横断し始める。
「伝達さん」
「何?」
橋を横断しながら僕を呼ぶ彼女の背中を見つめながら僕は返事をする。
「運命って存在すると思いますか?」
「そんな大層なこと深く考えたことないや」
「ダイヤモンドリリーの花言葉は麗しい微笑みです」
向かいの歩道に渡った送葉さんは振り返る。まだ沈みかけの太陽は眩しい。逆光で陰っている彼女は今、きっと笑っている。麗しく微笑んでいる。
「君にぴったりだ」
「他にも、幸せな想い出、忍耐、繊細でしなやか、箱入り娘があります」
「うん」
「伝達さんに謝っておかなければいけないことがあります」
「何?」
「私は今まで、運命の存在について実験をしていました」
自分の記憶や感性を使った実験をしたというくらいだ、それくらいしていてもおかしくない。
僕はもう、何を言われても驚かない。脈絡のない会話にも、突然の告白にも、送葉にしか見えない少女にも、これから目にする絵にも驚かなない。
「今日、その実験に一区切りがつきます」
「僕は実験体か」
「ごめんなさい。運命を感じる人なんて早々いるものではないので」
「いいよ。いい意味で受け取っておく」
「ありがとうございます」
そう言って向かいの歩道から送葉さんはお辞儀をした。すると、田舎町に午後五時を伝える合図なのだろう、どこかからか童謡の『夕焼け小焼け』が聞こえてきた。
「では、時間が来ましたので、鑑賞会を始めたいと思います」
送葉さんはもう一度、さっきよりも深いお辞儀をする。そして、顔を挙げるとキャンバスカバーに手を掛けた。
カバーがゆっくりと、丁寧に外されていく。ここにきて初めて僕の心臓は脈を大きくした。一瞬一瞬の間にそれは大きくなっていく。悪くない高揚だった。この向こうには答えがある。向かいにいる少女が送葉かどうかの証拠がある。今となってはどちらでもいい。でも、心のどこかでは気にしてしまっているのだろうか。だからこんなにも僕は今高揚しているのだろうか。
たぶんそれだけじゃない。純粋にそのカバーの向こう、このカバーが外されることで現れるキャンバスよりも大きく描かれた幻想的な絵を楽しみたいのだ。
僕は絵に関する知識はない。きっと送葉さんにもない。けれど、絵を見る目がなくても、絵を描く技術が乏しくても、その人を本当に想っていれば伝えられるし、伝わるはずだ。送葉さんが本当に僕に伝えたいものがあるのなら、他の誰にも伝わらなくても、僕だけには伝わるはずだ。
だから僕はどこまでもぶっ飛んだこの実験に賛同しよう。誠意をもってこれから目にする絵と向き合おう。この絵を見ることで僕にどんな変化が起こるかは分からない。何も変わらないかもしれない。けれど、何があっても僕は驚かないし、怯えない。何かが変わるのなら、そこから始めればいい。
キャンバスからカバーが完全に外される。
「また来たよ」
指定された時間よりも早く着いたこともあり、手を合わせながら僕は送葉に話しかける。
「君もまた随分と変わった知り合いがいるもんだね。送葉さんには踊らされっぱなし」
僕は送葉さんに会ってからの事を一つ一つ丁寧に語っていく。
「彼女に会ってから僕はまたダメになりそうだったよ。知ってた? 弱いんだ、僕。なんで送葉が僕を好きになってくれたのか不思議なくらい弱くて格好悪い。ほんと、自信なくすよ。涼人や綾香には世話になりっぱなしだ」
一つ一つ、僕の弱さを包み隠さず語っていく。こんなにもあるのかと自分でも呆れるほどの弱さを赤裸々に送葉に伝える。
「それでも君は、僕を好きでいてくれただろうか?」
風が吹く。嘲笑ったのだろうか。それとも微笑んでくれたのだろうか。僕には判断できない。僕の中の送葉はもう動かない。
僕は目を開く。早めに着いただけあって、十分に話を聞いてもらえた。
周りを見渡してみたが、まだ送葉さんは来ている様子はない。送葉さんが来る前に僕が掃除をしてしまおう。そう思い立ち、お墓のそばに置いてある掃除道具に目をやったその時、花筒に活けられている沢山の花の中に混ざっていた一本の花に目に留まった。他の花に隠れて、控えめに咲いていたため、今まで気付かなかった。僕はその花に手を添える。僕の知らない花だった。ヒガンバナの一種だろうか。しかし、僕の知っているヒガンバナとは少し違って見える。この花を僕は見たことがある。これは送葉さんが持って行ったあの絵に描かれていた花だ。
「ネリネって花ですよ」
後ろから声を掛けられた。さっきは近くに居る気配を感じられなかったが、いつの間にか送葉さんは僕のそばまで来ていたらしい。けれど、急に声を掛けられたのにも関わらず、僕はさほど驚かなかった。
送葉さんは衣替えをしたのだろう。以前ここであった時とは違い、黒色の冬用セーラー服を纏(まと)っている。そして、学生鞄を持っていない代わりに、細い両腕を目一杯使って、カバーの掛かったキャンバスとイーゼルを抱えていた。
「ネリネ?」
「別名はダイヤモンドリリーです」
共に聞いたことのない名前だった。
「ヒガンバナ科の花です」
送葉さんはそう言い荷物を墓の脇に置くと、前のように墓の掃除を始めた。僕は何も聞かずにそれに加わる。以前より雑草は多くないが落ち葉が多い。肌寒い風が吹く中、僕と送葉さんは二人で送葉のお墓を綺麗にした。
「さて、行きましょうか」
一通り、掃除を終えると送葉さんは置いた荷物を再び抱えて言う。
「鑑賞会の会場はどこかな?」
「今からお連れします。また車に乗せてもらってもいいですか?」
送葉さんの指示に従い、五分ほど車を走らせて行き着いたのは橋だった。この橋は何度か通ったことがある。結構な高さがあり、下には川が流れている。少し寂れているが、立派な橋だ。
橋の手前に車を停め、二人で橋を渡る。イーゼルは僕が持ち、絵は送葉さんが持った。
「どこ行くの?」
「ここです」
橋の中腹辺りで僕が訊くと、送葉さんはそう言って足を止めた。
「ここ?」
鑑賞会の場所にしては随分と場違いに思える場所に、僕は思わず聞き返す。
「はい。ここが鑑賞会の会場です。イーゼルをください」
疑問に思いながらも素直にイーゼルを送葉さんに渡す。イーゼルをその場に立てた送葉さんはその上にカバーを掛けたままの絵を置いた。
夕日をバックにした形で絵がセットされる。
スマートフォンで時刻を確認する。時刻は午後四時四〇分を少し過ぎたところだ。
「会場では携帯などの電源はお切りください」
「了解」
電源を切ることの意味を見出すことはできなかったが、僕は彼女の言う通り、スマートフォンの電源を落とす。ここはどこをどう見ても橋の上だが、彼女が会場だと言うならここは鑑賞会場だ。静粛にするべきところだ。
「それでは、時間まで反対側の歩道でお待ちください」
僕がスマートフォンの電源を切ったことを確認すると送葉さんは言う。
「これじゃ逆光で見難いよ」
「これでいいんです。時間が来ればこの景色全体が絵になります」
「つまり、君の言う絵はこの橋や夕焼けとかも含まれるってこと」
「そう言うことです」
「それは幻想的だ」
僕は送葉さんに言われた通り、反対側の歩道に渡り、絵とは反対側の景色を眺めた。送葉さんもこちら側に渡り、僕と同じ景色を眺めた。お互いに言葉はなかったが、変な気まずさも不思議と感じなかった。僕と送葉さんは来る時が来るまで、ただただ二人で景色を眺めた。
烏が鳴きながら山に帰ってきている。
橋の下から渓声が聞こえる。
秋風が山の木々を揺らし、枯葉を落とす。
一日の役目を終えようとしている太陽が僕と送葉さんの背中を照らしている。
僕の正面からは紫色の空がじわじわと迫ってきている。
一番星を見つけた。あれは金星だろうか。どうだろう。一つ見つけると次々と星を見つけられた。
送葉さんが艶やかな髪を揺らしてどこか遠くを見ている。まるでこの風景に、自然に溶け込んでいるかのようだ。とても絵になる。
そう、絵になる。
僕には彼女が何を考えているかわからない。本当に、全く分からない。
けれど、彼女が今ここで必要な要素だという事はなんとなく分かった。鳴く烏。渓流の音。揺れる木々。落ちる枯葉。吹く風。沈みかけの太陽。迫る夜。輝きだす星。他にも沢山あるのだろう。そのどれもがこの絵に必要な要素であり、彼女もまた、この絵には必要なのだ。
僕はこの風景に溶け込めているだろうか。多分、僕は違う。僕は鑑賞者だ。絵にはならない。
「そろそろですかね」
送葉さんが呟く。スマートフォンの電源を落としているため、正確な時間は分からないが、おそらくもうすぐ午後五時だ。
太陽が沈みかけているから、さっきまでの逆光よりは見え安いかもしれない。でも、そんなことは関係ないのだろう。彼女が見せたいのはこのキャンバスの絵だけではない。このキャンバスに描かれた絵も、彼女が僕に見せたい絵の一部でしかない。もしかすると、この逆光でさえ、この絵には必要なものなのかもしれない。
「伝達さん」
身体を翻しながら送葉さんが僕の名前を呼ぶ。
「何?」
僕も同じように身体を回転させた。
「好きですよ」
半分以上沈んでしまった太陽が彼女の顔を紅潮させる。
「何だよいきなり」
「伝わりました?」
「どうだろう」
僕より少し前に立ち、正面を見据える彼女の顔は今どんな表情をしているのだろう。
「伝達さん」
「何?」
「そこにいて下さい」
そう言うと送葉さんは車道を横断し始める。
「伝達さん」
「何?」
橋を横断しながら僕を呼ぶ彼女の背中を見つめながら僕は返事をする。
「運命って存在すると思いますか?」
「そんな大層なこと深く考えたことないや」
「ダイヤモンドリリーの花言葉は麗しい微笑みです」
向かいの歩道に渡った送葉さんは振り返る。まだ沈みかけの太陽は眩しい。逆光で陰っている彼女は今、きっと笑っている。麗しく微笑んでいる。
「君にぴったりだ」
「他にも、幸せな想い出、忍耐、繊細でしなやか、箱入り娘があります」
「うん」
「伝達さんに謝っておかなければいけないことがあります」
「何?」
「私は今まで、運命の存在について実験をしていました」
自分の記憶や感性を使った実験をしたというくらいだ、それくらいしていてもおかしくない。
僕はもう、何を言われても驚かない。脈絡のない会話にも、突然の告白にも、送葉にしか見えない少女にも、これから目にする絵にも驚かなない。
「今日、その実験に一区切りがつきます」
「僕は実験体か」
「ごめんなさい。運命を感じる人なんて早々いるものではないので」
「いいよ。いい意味で受け取っておく」
「ありがとうございます」
そう言って向かいの歩道から送葉さんはお辞儀をした。すると、田舎町に午後五時を伝える合図なのだろう、どこかからか童謡の『夕焼け小焼け』が聞こえてきた。
「では、時間が来ましたので、鑑賞会を始めたいと思います」
送葉さんはもう一度、さっきよりも深いお辞儀をする。そして、顔を挙げるとキャンバスカバーに手を掛けた。
カバーがゆっくりと、丁寧に外されていく。ここにきて初めて僕の心臓は脈を大きくした。一瞬一瞬の間にそれは大きくなっていく。悪くない高揚だった。この向こうには答えがある。向かいにいる少女が送葉かどうかの証拠がある。今となってはどちらでもいい。でも、心のどこかでは気にしてしまっているのだろうか。だからこんなにも僕は今高揚しているのだろうか。
たぶんそれだけじゃない。純粋にそのカバーの向こう、このカバーが外されることで現れるキャンバスよりも大きく描かれた幻想的な絵を楽しみたいのだ。
僕は絵に関する知識はない。きっと送葉さんにもない。けれど、絵を見る目がなくても、絵を描く技術が乏しくても、その人を本当に想っていれば伝えられるし、伝わるはずだ。送葉さんが本当に僕に伝えたいものがあるのなら、他の誰にも伝わらなくても、僕だけには伝わるはずだ。
だから僕はどこまでもぶっ飛んだこの実験に賛同しよう。誠意をもってこれから目にする絵と向き合おう。この絵を見ることで僕にどんな変化が起こるかは分からない。何も変わらないかもしれない。けれど、何があっても僕は驚かないし、怯えない。何かが変わるのなら、そこから始めればいい。
キャンバスからカバーが完全に外される。