memory refusal,memory violence


「お、伝達お久~」

 ゼミ室に入るとすぐに西條(さいじょう)涼人(りょうと)が僕に話しかけてきた。涼人とは中学時代からの仲だ。高校はお互い違う高校に通っていたが、その間も交友は続いていたし、大学に入ってから地元を離れたこともあり、さらに涼人といることが多くなった。

 涼人は目が少し吊り上っている上に長身金髪で、髭も伸ばしているものだから初対面の人からは大体怖がられてしまう。しかし根は優しいやつで、落ち込んでいる僕に気を遣っていろいろと企画してくれたりしてくれた一人だ。ゼミでも中心人物であり、夏季休暇の間に行ったゼミでのキャンプの企画もしてくれた。基本的にお調子者であるのだが、それとは裏腹に面倒見もよく、気づけば集団の中心にいる。本人は言わないが、キャンプも僕のことを気遣ってくれていたんだと思う。元から仲のいい方ではあったが、この夏はやけに絡みが濃かったような気がする。つい先週も僕の家に何の連絡もなしに突然泊まりに来た。

「先週泊りに来たばっかじゃん」

「一週間空けば久しぶりだろうが」

「一週間じゃ久しぶりではないと思う」

「お前はいつも変なところを気にするな、ぶっちゃけそんなことはどうでもいい」

「別に気にしてないよ。僕だってどうでもいい」

「じゃあ本題だ。今学期の講義何とるよ?」

 涼人は今学期開講される講義の時間割表を広げ、机を挟んで僕に対面した。

「僕はほとんど春で単位とれちゃったから興味あるやつを数個受けようと思ってる」

「数個って何個だ」

「ゼミ入れて二つか三つ」

 僕がそう言った瞬間、涼人から余裕が消えたのが分かった。

「おまッ……それは事実か? 真実か? 正気か?」

 涼人は顔面を蒼白させる。一気に焦りが生まれたのが目に見えてわかる。涼人がすごくわかりやすい性格をしていることは前々からゼミ生皆が知っている。

「紛うことなき事実です」

「ちゃんと確認したのか? お前は意外とサボってるやつだと思ってたのに」

「何だよそれ。僕はちゃんと計画的に休んでる」

 送葉が死んだときはさすがに計算などする余裕はなかったのだが、あの日以来、僕はきちんと大学に通った。試験対策もきちんとこなしたため、思いのほか単位は確保できた。

「なんてことだ。計算が狂った。これは由々しき事態だ。まずい、まずいぞこれは」

 涼人は机に肘をついて頭を抱える。涼人はよく寝坊や遊びで大学をサボる。それでいて勉強の要領はよくないため、単位取得に苦労していることは僕も前から知っていた。

「単位足りないならまずちゃんと大学来いよ」

「伝達、俺がまともにやって単位とれると思うか」

「難しいかもね」

「なら真面目に取り組んだところで結果は変わらないだろう」

「ならもう一年通えばいい」

「親に申し訳ない」

「そう思ってるなら最初からまじめにやれよ……」

 そんな会話を何度か繰り返しているといつの間にか周りのゼミ生も僕たちの周りに集まった。涼人には無意識に人を集める力がある。涼人を中心に話が弾む。そのおかげでゼミでのキャンプに来ることができず、最初は僕に気を遣ってきたゼミ仲間も段々と以前のように気兼ねなく話せるようになった。僕としてはいつまでも気を遣わせてしまっていたことを少し後ろめたく思っていたから、嬉しいことだ。今は変に気を遣って距離を置かれるよりも、こうして皆で気兼ねなく談笑できる方がやっぱり楽しい。

 夏休みをあまり気に病まずに過ごすことができたのも、今もこうして談笑することができるのも、涼人のおかげが大きい。僕は涼人にとても感謝している。きっと涼人は自分自身でも知らないうちに多くの人を救っているのだと思う。僕もそのうちの一人だ。単位に関してはどうしようもできないけど、飯くらいは奢ってあげよう。
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