memory refusal,memory violence

泊まり

 涼人に連れられて履修する予定のない講義のガイダンスを聞き、大学の校舎出るときには夕方の五時を回っていた。涼人も自動車通学なため、二人で駐車場に向かって歩いていると、涼人が唐突に言った。

「今日バイトとかなんか予定あるか?」

「ないけど」

「じゃあ、久しぶりにお前の家に泊まり行くわ」

「え? なんで?」

「そんなもん、なんとなくだよ」

「先週も来たじゃん」

「先週なんてのはもう昔と言っていいんだよ。さっきも言ったろ。今を生きたまえ今を。それともあれかい、この俺を無碍に扱うというのかい?」

 これは無意識なのだろうか、それとも意として言っているのだろうか。僕はこの大学でも涼人のことをある程度理解している一人だと思っているけど、たまに涼人の言うことにこんな疑問を抱くことがある。勉強はそれほどできるほうではないけど、涼人は他人の機微に敏感だ。

 僕は駐車場についたところで足を止め、涼人に言う。

「別にダメではないけど、もしまだ僕のことを心配してるんだとしたらもう心配いらないいよ」

「は? 心配? なんで」

 一歩前に出て、涼人は振り返りながら僕に訊く。素で訊いているのか、それとも分かっていてとぼけているのかいまいち掴めない。

「ほら、送葉のことで……いろいろ心配してくれただろ」

「あぁ、あのときはさすがに心配した。お前、普通じゃなかったもんな。まぁ、あんなことがあれば普通じゃいられないのも分かるけど、今はそんな心配してねぇよ。お前大分顔色良くなった、気がする」

 本当だろうか。

「第一、今の俺にお前を心配する余裕なんてない! なんせ単位が足りねぇ!」

 僕は涼人がそんなことで人の心配をやめられるような人間ではないことは知っている。涼人はお人好しだ。見返りなど求めることなどは絶対になく、ただひたすら本能でほっとけない人に手を差し伸べる。きっと、涼人みたいなやつに少年漫画の登場人物をさせるのなら主人公をやらせるんだろう。そんな涼人がそう言うのなら、そうでなくても涼人はそういうことにする。それ以上自分の心配について聞くのは野暮だ。

「いいよ、泊まりにおいでよ。大した夕飯出せないけど、缶ビールくらいはある」

「あれ、お前普段から酒飲んでたっけ? 下戸じゃなかった?」

「最近ちょっと、ね。毎日は飲まないけど、涼人が飲むなら付き合うよ。とういうか、キャンプでも少し飲んでたよ」

「先週飲んでなかったじゃん」

「毎日は飲まないって言ったじゃん」

「ほ~いいね。じゃあ今日は飲むか! そんなら一回帰ってから行くわ」

「迎え行こうか?」

「電車のほうが速いから電車で行く」

「わかった」

「んじゃ、後でな」

 そう言うと涼人は自分の車のほうに小走りで行ってしまった。僕も自分の車に足を向ける。

 さて、今日の夕飯は何にしようか。
< 7 / 54 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop