memory refusal,memory violence
寝坊
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。目を開けると僕の視線の先にはいつもの天井が……慈愛に満ちた涼人の顔があった。
「うわあああああ!?」
僕は驚いて壁際に転がった。勢い余って壁に肘をぶつけた。僕は肘を摩りながら冷静に考える。こいつ、僕に何をしようとしていた。まさか、そんな気があるわけではないだろう。考えたくもないことが頭をよぎる。こういう時こそ考えるよりも行動するべきだ。
「涼人、何をしようとした」
できるだけ涼人から距離をとって訊いた。
「寝坊した……助けて……」
今にも泣きそうな顔で涼人が僕に助けを乞う。なるほど、慈愛に満ちていたのではなく悲壮に満ちていたらしい。とんだ勘違いをしてしまった。寝起きで視覚の処理が上手くできなかったらしい。
「今日大学あったの?」
「一限から四限まで」
「ガッツリだね……」
「ガッツリ寝坊した」
ガイダンスなどは一緒に受けさせられたが、具体的に何を受講するかまでは聞いていなかった。僕はてっきり泊まりに来たということは今日大学がないか、午後からくらいからだと思っていた。
涼人は鼻を啜りながら絶望に満ちた表情で言う。
「どうしよう」
どうするも何も寝坊してしまったという事実は変わらない。涼人は人の事には敏感だが自分の事にはだらしないところがある。いろいろと気にかけてもらっている僕が言ってしまうのも悪い気がするが、もう少し自分のことを考えてもいいと思う。
「まだ一回だし大丈夫だよ。余裕余裕!」
僕はダメな大学生の常套句で涼人を慰めた。涼人の表情に少しだけ希望的なものが出てきたように見える。
「それに四限までだったらまだ講義あるだろ。せめて今からでも間に合う講義に出れば傷は浅いよ」
僕はさらにダメ大学生の言い訳を並べる。なぜだろう、明るくなりかけた涼人の表情がまた少し曇ったような気がした。進級がいよいよ危ぶまれてきて彼なりに焦っているのだろうか。
「大丈夫だって」
僕は念入りにフォローを入れる。さらに涼人の顔が曇る。
「どうしたんだよ、涼人らしくないぞ」
「もう四限始まってる」
「え……」
自分の余裕が一瞬にしてなくなるのがわかった。僕は恐る恐る「今何時?」と聞く。
「二時四十五分過ぎ……」
変な汗がジワリとシャツに染みるのがわかった。今日はバイトだ。
「…………」
「…………」
僕も寝坊していた。