ラティアの月光宝花
セシーリアとオリビエの耳に、マルケルスが奥歯を噛み締める音が聞こえた。

恐らく王を守るため、ユリウス・ハーシアはカリムに戦いを挑んだのだろう。

「ただ……俺の足元には及ばなかったがな」

マルケルスがスティーダを手に駆け出そうとするのを、咄嗟にオリビエが押さえた。

「セシーリア……」

お父様……!
 
カリムの側近に拘束されたままの父王が、苦し気にセシーリアを呼ぶ。

王の頬からは血が流れ、その優雅な召し物は所々裂けている。

恐怖よりも驚愕よりも、セシーリアの胸を怒りが占め始めた頃、ようやく彼女は声を出すことができた。

「狂乱めされたか、カリム皇帝」

「いいや?俺は至って正常だ」

カリムがふてぶてしく笑った。

「今更、俺がここにいるからくりなんて訊かないでくれよ」

……影武者か。イシード帝国へと帰って行ったのは、影武者だったのか!

オリビエが油断なくカリムを見据える中、カリムはきらびやかな長剣をクルリと回し、肩に担ぐように持ち変えた。

「さて……セシーリア王女。長くなると王の命が危ういぞ。こちらのオリビエの父もな。……おっと……かなりの出血だ」

見ると石を切り出して建造した地下通路の床に、いつの間にか血溜まりが出来ている。

それをわざとらしく側近が照らす中、彼は続けた。

「セシーリア王女。ラティアの国民にはこう言ってもらいたい。《私はイシード帝国カリム皇帝陛下を愛しています。カリム皇帝陛下と結婚し、このラティアをイシード帝国として迎えていただく次第です》と」
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