ラティアの月光宝花
「セシーリア様……この度の襲撃、このライゼンも非常に深い怒りと悲しみにうち震えております」

これがライゼン・エシャード……。

蛇紋の大理石を贅沢に使った城内に、ライゼン・エシャードの男らしく威厳に満ちた声が響く。

セシーリアの目の前にいるライゼンは、長い黒髪を後ろでひとまとめにし、同色のマントを羽織っていてどこか神秘的である。

まだ二十代後半といったところを見るに、ラティアの一部となってエシャードを守ったのはライゼンの父であったのだろう。

セシーリアは、跪いたままうやうやしく頭を垂れているライゼンに声をかけた。

「感謝いたしますライゼン・エシャード殿。ところであなたのお父上はお元気でいらっしゃいますか?よろしければお目にかかりたいのですが」

そこまで言った後、セシーリアは焦って続けた。

「あ、別にあなたを差し置いて先代に話をつけようとかそういう事ではないのよ。ただ二十年前、我が領土となる事を決心してくださったお礼が言いたくて」

「……」

ライゼンの返答が遅く感じ、セシーリアは彼の気分を害したのかと些か不安になる。

一方ライゼンは頭を垂れ、視線を伏せたまま目まぐるしく考えた。

……なんだこの奇妙な姫は。

イシード帝国に襲撃され父王を失い、国を継いだばかりだというのに五千マイル以上も離れた地方城主に会いに来るとは。

しかも連れているのはたったひとりの護衛兵と、人には決して懐かないであろう大豹である。

しかも……二十年前の礼を父上に?

……少し頭がおかしいのかも知れない。

いや、おかしければすぐにイシードに乗じて国内から反体制運動が起きているに違いない。
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