ラティアの月光宝花
「この愚息よ。これ以上エシャードの恥となるな」

しわがれた声が背後から聞こえ、セシーリアは反射的に振り返った。

見ると部屋の入り口に、身なりの立派な老人が両脇を支えらて立っているのが見える。

「父上!医者からは歩くなと」

「歩かせておるのはお前だ」

痩せ細った身体に似合わずその眼光は鋭い。

老人はライゼンをひと睨みした後、ゆっくりとセシーリアに頭を下げた。

「セシーリア女王。我が愚息の無礼、どうかお許しを。そしてこのギルーザ・エシャード、どこまでもセシーリア女王についていく次第でございます」

「父上!今のこの状況がお分かりなのですか?!貴方が君主とお慕いになっていたロー・ラティアはもういません。エシャードは今、岐路に立っているのです」

弾くように言葉を放ったライゼンに、ギルーザが諭すように言う。

「岐路に立っていたのは過去の事。もうエシャードに迷いなどない。お前の眼は節穴か?セシーリア女王陛下を見てお前は何も感じぬのか」

「父上……」

……そうだ。

……本当に頭がおかしい奇妙な女王なら、いっそしがらみを絶ちきれたかも知れない。

けれどもう本当は、そうでない事がライゼンにも分かっていたのだ。

女王に名を呼ばれただけで速やかに従う大豹、たったひとりの親しげな護衛兵。
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