ラティアの月光宝花
「……なに言ってるんだ」

フワリと空気が動き、甘い香りとセシーリアの柔らかな身体がシーグルにまとわりつく。

そんなセシーリアに腕を回したい思いを押し殺しながら、シーグルは目を閉じた。

……セシーリアは同じだ。全然変わらない。

俺が城を出る前も、帰ってきてからも。

わかってる。何故ならセシーリアの心にいるのは、オリビエ……兄さんだから。

「シーグル、大好きよ」

純粋で無邪気なセシーリア。

シーグルはセシーリアに気付かれないように大きく息を吐き出すと、優しい声で答えた。

「……俺もだよ。もうすぐ準備が整う。なにがなんでも兄さんを取り戻そうぜ」

「うん、うん!」

いつの間にか風は止み、強い太陽の熱がシーグルの心までも焦げ付かせていた。


*****

「セシーリア、ようやくライゼンから良い報せが届いたぞ。これを見ろ」

朝食中だったセシーリアの元へ、眼を輝かせてやって来たマルケルスが右手の皮紙を突き出して笑った。

ライゼンからの書簡。

「見せて」

葡萄水の蜜割りでララ(ひき肉料理)を流し込んだセシーリアは、立ち上がってマルケルスの広げた皮紙に視線を落とした。

「これはイシード帝国へ送る密使らが行き来するための新路と、国境から一番近いグレイザの谷の仕掛けだ。この谷に誘い込んで同士討ちをさせる」

同士討ちとは文字通り味方や友軍同士を騙して攻撃させ、共食いにする戦法である。

「上手くいくかしら」

不安を口にしたセシーリアにマルケルスがニヤリと笑い、言葉を返す。
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