ラティアの月光宝花
遠くを見つめ、思い出に更けるディオの肩にライゼンが手を置く。

「さあ、ディオ殿。風呂で汗を流した後、宴といたしましょう」

明日の休暇の後ディオは工兵隊長を代表し、ライゼンと共に新路の最終地点を視察する予定である。

それまで、しばしの休養を楽しもう。

「はい、ライゼン殿。今宵は飲みましょう」

まさにその時であった。

「ディオ殿っ……!ディオ殿!」

六番隊の工兵隊長ジャロウが、血相を変えて馬上から叫んでいる。

辺りは赤い夕陽に染まり、今日の仕事をなし終えた工兵や一般労働者達が穏やかな時を過ごそうとしていた矢先である。

「ディオ殿っ……!」

「ジャロウ殿、どうなされた?!」

転がるように馬から降り、地に膝をついてへたり込んだジャロウの二の腕をディオが掴む。

そのままジャロウを立たせるとディオは人目のない天幕の中へと招き入れ、再び問いかけた。

「ジャロウ殿、どうなされた?!」

「ディオ殿、イシードに潜入している密使がハヤブサを飛ばした」

ジャロウの言葉を聞いたディオの心臓が一気に激しく脈打ち始める。

「確かか?!」

「グレイザの谷付近で王都の方向へと飛んでいくのを見たんだ。イシード帝国が動くぞ」

ようやく新路完成にまでこぎ着けたが、ガムズ河の底掘りはまだ途中だと聞いている。

「ハヤブサが少しでも早くラティアへ帰ることを祈るしかない。ディオ殿、いよいよ戦いの時が来るぞ」

ラティアの密使が飛ばすハヤブサは、どの種類のどんな鳥よりも速い。

イシード帝国の使者が国境に到達するよりも早く、より多くを備えたい。

「……ああ」

ディオは流れ出る汗を拭いもせず、ただジャロウに頷く事しかできなかった。
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