ラティアの月光宝花
ここにいる全員が、ラティアに向けてカリム皇帝が出立するなどひとつの理由しか想像できなかった。

「侵攻する気か?!兵の数は?!」

「分からない。書いてない」

「受けてたつぜ!!」

アンリオンが軍議塔の石壁を拳で殴り、ニヤリと笑った。

「ダメだ!やっと新路が出来たばかりだぞ?!まだガムズ河の底堀りが残ってる!」

冷や汗を滲ませたマルケルスが小刻みにかぶりを振る。

その時であった。

「行くわよ、みんな」

重苦しい軍議塔の空気を、セシーリアの声が一掃した。

「マルケルス。戦いが突然やってきてもなんの不思議もないでしょ?ガムズ河の件はギリギリまで進めればいいわ。それよりイエルド殿に伝令を。イシードを討つわよ」

シーグルがセシーリアを見つめるも、その顔には何の表情も浮かんでいない。

「これよりラティア軍はイシード帝国に出陣する。カリムの首を取るわ!」

徐々に落ち着きを取り戻したセシーリアは、マラカイトグリーンの瞳をキラリと光らせた。

****

慌ただしく出兵の準備が進められ、二時間後には第一軍が出陣した。その数一万である。

そしてそれよりもひと足先を走るのがセシーリアとマルケルス、それにシーグルであった。

「セシーリア止まれ!もう50マイルは走ってる。馬を替えるぞ」

「わかった」

ラティア国内には至る町に替え馬隊が存在する。

「イシード帝国が国境に辿り着くには間に合わないだろうが、なんとかライゼン軍と国境警備隊が足留めするだろう」

イシードとの国境から一番近い主要都市はエシャードである。

マルケルスは馬の首を軽く叩いて労うと、手綱を馬丁に渡した。

「いいえ。間に合わせるわ。カリムは私達がこんなに早く動いているなんて露ほどにも思っていないはず。馬を替え、寝ずに走ると間に合うわ」
< 174 / 196 >

この作品をシェア

pagetop