ラティアの月光宝花
「マルケルス?」

セシーリアの声が微かに震えた。

「セシーリア、来ないでくれ……!」

その時セシーリアは初めて、これが献上品の詰まった行李でないと確信した。

驚愕した兵士の瞳。

硬直したシーグル、そして苦痛に歪んだマルケルスの顔。

だとすれば、この直方体の箱は。

「ダメだ、セシーリア」

「嫌よ」

蓋を閉めようとするマルケルスにかぶりを振ると、セシーリアは箱へと歩み寄った。

最初に見えたのは白いアマ布だった。

それから、それを巻き付けてあるものが人の身体だと気付く。

頭から足の先まで巻き付けられた布のせいで、誰だかまるで分からない。

これは……髪……髪だわ。

布の間から僅かに見えたもの……茶色に近い榛の髪。

セシーリアはこの髪の色を忘れたことなどなかった。

この髪は……この髪の持ち主は。

「オリビエは病死した。ついてはその死を尊厳し、亡骸はラティアにお返しする」

カリムの低い声が、セシーリアの身体に突き刺さった。

ああ、オリビエ。

この立派な木箱は行李などではなく、最愛の人の眠る棺であったのだ。

「畜生っ!」

シーグルは血を吐くようにこう言うと、直ぐ様馬にまたがり走り出した。

「シーグル!」

何度も馬の腹を蹴り、腰からスティーダ(両刃の長剣)を引き抜いたシーグルにマルケルスの声など聞こえない。

「セシーリア、シーグルを止めろっ!殺されるぞ!」

「ヨルマ!シーグルの援護を!」

声を張り上げたセシーリアをヨルマが眼の端で捉え、走り出した。

黒色の原野を疾走するシーグルとそれを追う大豹ヨルマに、ライゼンが眼を見開き叫んだ。

「弓を構えろっ!」

「セシーリア!」

マルケルスの声よりも早く、既にセシーリアが弓を引き絞っていた。
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