ラティアの月光宝花
許さない……許さない!

頬の真横で弓を構えカリムを狙うと、セシーリアは矢を放つ。

黒色の原野に光の筋を描きながら、守護神ディーアの矢が飛ぶのをそこにいた全ての者が見ていた。

その矢は凄まじい速度でシーグルを追い越すと、みるみるカリムへと迫る。

「カリム様!」

「いいんだ、さがれ」

自衛する素振りのないカリムを側近が守ろうとするが、彼はそれを拒むと飛んでくる矢を見据えた。

「カリム様!!」

「っ!」

側近の叫び声の後、カリム皇帝の身体が前後に揺れた。

「セシーリア、カリムに矢が刺さったぞ!これが守護神ディーアの力か?!」

マルケルスが驚くのも無理はない。

矢など到底届かないこの隔たりを、守護神ディーアの弓は光のような速度で飛び、標的を射ぬいたのだ。

マルケルスの言葉とほぼ同時に、カリムの腕に刺さった矢を見たシーグルが手綱を引いた。

地に蹄をめり込ませ、嘶きながら脚を止めたシーグルの愛馬をカリムが黙視し、腕に矢を受けたまま口を開く。

「争う気はない。セシーリア女王。今から話すことをよく聞いて欲しい」

そんなカリムの声を追うように、今度は彼の側近が声を張り上げた。

「ラティアの女王よ!どうか我が皇帝の言葉に耳を傾けられよ!」

よくも……よくもぬけぬけと。

腕に守護神ディーアの矢を受けながらも慌てる素振りのない皇帝カリムに、セシーリアは途方もない怒りを覚えた。

そして背中の矢筒に手を伸ばすとゆっくりと二本目の矢を構える。

カリムはそんなセシーリアを見つめたまま、静かな口調で続けた。

「人質としてイシードに連行したオリビエだが、不思議な事にオリビエと俺には友情が芽生えた。こんな形でオリビエを失うのは俺としても辛い。だからオリビエの死を期に、彼の死を無駄にしないためにもラティアと永久不可侵条約を結びたい」
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