ラティアの月光宝花
永久……不可侵条約……!

強い目眩がセシーリアを襲う。

それに負けまいときつく眼を閉じると、セシーリアは再び弓を構え直して前方を見据えた。

ラティアに……ラティアにこれだけの事をしておいて、これからは領土を侵さず仲良くしようと?

しかもオリビエが、病死。それを誰が信用できるだろうか。

セシーリアは国境をまたいで真正面に佇むカリムを睨み付けた。

面頬(めんばお)で覆っている両目が見えない上に、この距離では表情すら確認することが出来ない。

それに我慢できず、セシーリアはあの日のカリムを思い返した。

あの日……セシーリアの誕生大祭典での無礼な振る舞い。

その上奇襲をかけて都を焼き、父王とその側近、多くの民を殺した。

挙げ句の果てに奪ったオリビエが病死だったと、彼はサラリと告げたのだ。

……許さない……!

強く噛み締めた唇から血が滴ったが、セシーリアはそれに気付かないほどの怒りに支配されていた。

「……信じない」

「セシーリア」

セシーリアの呟きをすぐ理解したマルケルスが、彼女の構えた弓にそっと手を置いた。

「だってそうでしょう、マルケルス。オリビエとカリムに友情なんか生まれるわけないわ。そんなの信じない!そんなデマカセは許さない!」

マルケルスはしっかりとセシーリアの瞳を見つめて小刻みに頷いた。

「ああそうだ、セシーリア。そんな事あるわけない。だが今日はこれ以上の攻撃はよせ。でないといくら相手がイシード帝国だとしても後々厄介だ。近隣諸国の中にはようやく同盟を結べた国もあるのに、ここでイシード帝国に同情が集まると面倒だ。分かるだろう?!」
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