ラティアの月光宝花
少しよろけたアルディンに、再びセシーリアが尋ねた。

「言いなさい、アルディン。でないと次は……殺す」

守護神ディーアの弓矢の威力を、アルディンが知らぬ訳がない。

そして、セシーリアの弓の腕前も。

「答えて、アルディン」

「……」

ヨルマが促すように唸り声を上げたが、アルディンは表情ひとつ変えず、なにも言わない。

「アルディン!!」

「……」

ギリッと歯軋りすると、セシーリアは再び弓を引いた。

直後にヒュンと音が鳴り、光のように矢が飛ぶ。

「っ!」

乾いた音が響いたかと思うと、アルディンの肩からフィブラが弾け飛んだ。

途端に彼のマントが斜めに垂れ下がり、ヒダのなくなったその端が地につく。

「……」

「アルディン……」

アルディンの、切り込んだような二重の美しい眼がゆっくりと閉じた。

諦めたようなその行動が、セシーリアの胸を押し潰す。

「ライゼン!アルディンを拘束し、牢へ!」

「御意」

大理石の女神像の後ろから、数名の護衛兵と共にライゼンが姿を現し、瞬く間にアルディンを取り囲んだ。

「武器を取り上げろ」

兵士に命令したライゼンが、アルディンを一瞥する。

「……」

「ヨルマ」

それを眼の端で捉えると、セシーリアは身を翻した。

「セシーリア女王を、ただの小娘だと思うな」

後ろ手に縛られたアルディンに顔を近づけ、ライゼンが低い声で続けた。

「お前が簡単に騙し、言いくるめられる方ではない」

アルディンは、ライゼンの黒い瞳に浮かび上がっているその先の言葉が聞こえた気がした。

『何故ならばこの俺が、全力でセシーリア女王を守り支えるからだ』

アルディンはライゼンから眼をそらすと、遠ざかっていく大豹と薔薇のマントを見つめた。

それはラティアの王にのみ許された黄金の薔薇であった。

……確かに俺は……油断した。

まさかセシーリアに守護神ディーアの弓で脅されるとも、拘束されるとも思っていなかった。

彼女にそんな勇気などないと踏み、マルケルス達が帰ってくる間、のらりくらりかわそうと思っていたのだ。

それがどうだ。

射抜くような眼差しと、固く引き結んだ唇。

もうセシーリアはあの日、グロディーゼ養成所《エルフの風》に姿を見せた頃よりも成長していたのだ、一国の女王として。

疲れた身体と心、そしてこの先に待ち受けているであろう途方もない未来を感じ、アルディンはゆっくりと両目を閉じた。
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