ラティアの月光宝花
……豹を?それだけか?

アルディンは些かがっかりした。

この少女はただ一時の感情で、ただ一頭の豹の命を助けて満足しようとしているのだ。

弓の腕と度胸は誉めてやるが……やはり女だ。

たかが一頭の豹を救い、満足するその乙女心に付き合うつもりは更々ない。

アルディンはセシーリアの心を踏みつけてやりたい衝動に駆られた。

女のつまらない感情でグロディーゼの訓練を妨げられるなど真っ平だ。

「では、ご自分でこの柵の中に入り、豹を持ち帰る勇気がおありなら、喜んでお譲りしよう。手負いといえどもこれは立派な猛獣。しかもこの種類の豹は、豹の中でもかなり大きく力も強い。貴女に譲るために首に鎖をかけ、檻に入れるのは些か骨がおれる作業だ」

セシーリアはニヤリと笑った。

「なんと容易いのかしら。待ってなさい」

セシーリアは言うなり身を翻し、武器庫の階段をかけ降りた。

それから早足で訓練場を駆け抜けると、何の迷いもなしに豹だけになった柵の中へと入り、アルディンを振り返った。

「手助けは無用よ」

大胆不敵な笑みを浮かべてこちらを見据えたセシーリアに、アルディンは息を飲んだ。

……バカな!

本当に豹のいる柵の中に入るなんて。

しかも娘は丸腰だ。

先程の弓はおろか、グラデスも持っていない。

アルディンは青くなって叫んだ。

「バカか!早く出ろ!」

セシーリアはそんなアルディンを一瞥した。

「お前は私をただの小娘だと蔑んでいるわね。その目を見ればすぐに分かる。今からその思いを覆してやるわ。見ていなさい」

セシーリアは言い終えてアルディンに背を向けると、牙を剥いて睨み据える豹に向き直った。
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