ラティアの月光宝花
「まだ完全ではないの。バルトサールが壊死した肉を切除して化膿した部分を薬草で消毒してくれたわ。骨にはヒビがはいっていたけどもう心配ないと思う。後は完全に傷が塞がるのを待って、筋肉を付けなきゃ」

オリビエは溜め息をついてセシーリアを見つめた。

「それからもうひとつ」

「なに?」

オリビエが静かな口調でセシーリアに問う。

「君は、何しに街へ降りた?」

ヨルマを連れ帰った時点でセシーリアは、オリビエにこう尋ねられるのを覚悟していた。

一方オリビエはセシーリアが豹を連れ帰ったその日に問いただしたいところであったが、 ドゥレイヴ家の跡継ぎとしての業務に加え、騎兵隊入隊の試験やセシーリアの誕生大祭典の準備の一端を担っていて多忙を極めていたため、それどころではなかったのだった。

真っ直ぐなオリビエの視線を感じながら、セシーリアはこう答えた。

「シーグルを……捜していたの」

シーグルを?何故。

たちまちオリビエの表情が強ばる。

シーグルは約三年前にドゥレイヴ家から飛び出し、一度も帰っていない。

一向に戻らない息子に業を煮やした父、レイゲン・ ドゥレイヴが密使を出して探した結果、彼が王都エルフの中でも名門中の名門といわれているグロディーゼ養成所に身を置いているのが分かった。

最初は怒り心頭であったレイゲンだが、シーグルが学問と武術に真剣に向き合い真摯な態度でそれらに励んでいるのが分かると、必ず三年後にはドゥレイヴ家に戻るという条件の元それを許したのだった。

「なぜ会いに?」

オリビエの榛色の瞳が、僅かに曇る。

何故って……。

セシーリアは、自分の胸の内を出来るだけ正直に伝えようと、ゆっくりとした口調で言った。
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