ラティアの月光宝花
王家の席よりもはるか上段に座る数多くの市民が、親しげにアルディンに手を振り声をかける。

そんな彼らをぐるりと見回し、溌剌とした笑顔を向けたアルディンは、一番近いセシーリアの席へ眼を向けると優雅にお辞儀をした。

「アルディン、気を付けて!」

セシーリアが胸の辺りで両手を握りしめ、叫んだ。

途端に反対側の門から、リズの大熊が解き放たれる。

それを見た観衆は猛る熊の大きさに一瞬静まり返ったが、再びアルディンに声援を送った。

近衛兵二十番隊が闘技場の三段目で弓を構え不足の事態に備える中、大熊がアルディンに眼にも留まらぬ速さで襲い掛かった。

「ああダメ!見ていられないわ」

アルディンを心配するあまり、玉座に座ることも試合を観ることもできないセシーリアの肩をオリビエが守るように抱き、耳元でなだめる。

「アルディンを信じよう。我が国のグロディーゼは正義の遣い者だ」

「うん……」

……。

カリム皇帝はひとり悠々と国賓専用の玉座に腰を掛け、この状況を注意深く見守っていた。

色々と思うことはあるが、先ずセシーリアの気を自分に向けるのが先決ではないだろうか。

周りの煩いハエどもは、後でどうにでもなる……。

それよりも、身体が疼いた。

…懐かしい……。闘技場も、そこに生まれる独特の熱気も。
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