ラティアの月光宝花
辺りに響いたその声に、アンリオンをはじめセシーリアも聞き覚えがなかった。

……どこだ?!

カリムからオリビエをかばいながら、アンリオンは矢の飛んできた方向を必死で見つめた。

その直後、観客の一部が後方を仰いでいるのが眼に入り、そこにはためくマントを見付けた。

…あれか?!

あの、近衛兵二十番隊のいる三段目のアーチの上……丁度ここから真正面……。

…この距離で矢を命中させるとは。

遠すぎて人物の特定は出来ない。それに今はオリビエを助けるのが先決だ。

その時であった。

騒然とした辺りに、威厳のあるラティア皇帝、ロー・ラティアの声が広がる。

「オリビエを宮廷医の元へ。それからカリム殿、これは一体?」

声に振り向き、セシーリアが父王の胸に飛び込んだ。

「お父様……!オリビエが、オリビエが……」

ロー・ラティアはそんなセシーリアを抱き締め、それから腕を解くと闘技場のカリムに再び尋ねた。

「カリム殿、ご説明くださいますかな」

レイゲン・ドゥレイヴは、アンリオンによって運び出される愛息の姿に一瞬こめかみを動かしたが、その表情を変えることはなかった。

「これはこれはロー・ラティア皇帝陛下。たった今俺は、護衛兵と生死をかけた闘いをしていたのです。セシーリア姫の愛をかけて」

それを聞いたロー・ラティアが、僅かに両目を細めてカリムを見下ろした。

「今年のセシーリアの誕生大祭典は、婿選びを兼ねた特別な日だ。人が死ぬ日ではない」
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