ラティアの月光宝花
「命に別状はございません。恐らく、セアナの花をすり潰した汁に当てられたのでございましょう」

セアナとは、気温差の激しい水の少ない大地に生息する花である。

濃い黄色の花びらは美しいが、幻覚や体調不良を引き起こす毒を持っているため生け捕りを目的とした狩猟に使われる場合が多い。

「そう……良かった!ねえ、顔を見てもいい?」

その時、たしなめるようにマルケルスが声を響かせた。

「セシーリア。オリビエはまだダメだ。しかもそんな疲れた顔でアイツに会っても逆に心配させるだけだぞ。目覚めたら呼んでやるからお前も休め」

実のところ、セシーリアはかなり疲れていた。

誕生大祭典の前からあらゆる演習で、連日睡眠不足であったからだ。

「……分かった。でも会えるようになったらすぐに教えてね」


****

約半日後。

「王はなんと?」

人払いをした廊下の先にあるオリビエの部屋に、三人のヒソヒソとした声が広がる。

「……分からないがお前の父上の事だ。ハヤブサを使い、国境沿いの増兵を指示したはずだ。いつ何時襲ってくるやも知れぬイシード帝国を迎え討つ準備を始めているはずだ。昨夜、第八伝令係と俺の父上直属の密使が軍義塔に入るのを見た」

「そうか」

寝台から起き上がり気だるそうに頭を振るオリビエにこう言うと、マルケルスは苛立たしげに瞳を光らせた。

「カリムは必ず仕掛けてくるぞ」

アンリオンはイシード帝国カリム皇帝の瞳の奥に芽生えた憎しみの炎を思い出しながら舌打ちをした。
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