For You 〜 天使だった君に 最高のお返しを
部屋の奥にはたくさん楽器が置かれていた。

ケースの形状からして、中身はギターだろう。

少し背の高い分はベースか。


彼はそれらを物色してから、ひとつのギターケースを開けた。

中からえんじ色のエレキギターが取り出される。


「それも井上くんのギター?」


ギターを抱えたまま、部屋の隅から私の前に持ってきた椅子に彼は腰を下ろした。


彼はライブで、いつもアコースティックギターを使っていて、私は彼がアコギを背負っているところしか見たことがなかった。

ちなみに、アコギとエレキの違いが分かるようになったのは、何度目かのライブで彼に教えてもらったからである。


「いや、これは友達の。俺はエレキ持ってないんだよねぇ」


友達のと言った彼だったが、遠慮したり悪びれたりする様子もなく、チャカチャカと自由にかき鳴らしている。

無断で借りても怒られないような気心の知れた友人のものなのだろう。


ステージの上ではあんなに大きな音を出すエレキギターが、それ単体だとこんなにも貧相な音なようだ。

辛うじて何を弾いているかは分かるが、アコギに慣れているから変な感じだ。


彼はしばらく、その友人の楽器を弄んでいたが、突然ぱっと顔を上げた。

私はその勢いに驚いて、つられて彼の顔を見る。


「聴いてほしい曲があるんだ。少し前から作ってて、昨日やっと完成して……。

そうしたら、橋本にいちばんに聴いてほしいって思った」


とくん、と胸がひとつ大きく鳴るのが分かった。

はにかみながらも、彼は真剣に言ってくれた。


私の大好きな曲を作る彼の曲が、この世の誰よりも一番早く聴ける。

そのことに、彼女になったんだという実感をじわっと感じた。


私は頷いて彼の言葉を待つ。

彼は出かかった言葉を、言おうか言わまいか迷っているようだった。


結局、んーやっぱり言うね、そう前置きをしてから彼が言う。
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