高橋くん攻略法
勢いだけとはいえ状況の説明はできた。これ以上はきっと大事にはならないはずだ。なら後は僕がここから立ち去るのみ。まずはこのみっともない態勢を整えて、それから鞄を小脇に抱える。
中腰のままそっと動こうとしたその時、梶さんの口から「あ」という短い声が聞こえて僕は途端に足がすくみ、その場に固まった。
梶さんを見ると何やら考え込んだ様子で暫く天井をじっと見ていたかと思えば、不意に「高橋くんさ」と僕に視線を移した。
「な、何ですか」
自分でも分かるくらいに刺々しい声で聞くと、彼女は表情を変えることもないままに淡々と尋ねた。
「もしかして弥生のこと好きなの?」
「…………は?」
僕の口から出せる言葉はそれだけだった。彼女の思考と言動がまったく掴めない。頭の中がクエスチョンマークと不安でどうにかなってしまいそうだ。
「ねえ、そうなんでしょ?だから弥生の机に足引っ掛けちゃったんだよね?」
「こ、これはその、違うんだ、ただ僕は……」
「照れなくてもいいのに」
梶さんはどうやらとんでもない勘違いをしているうえに、自分の考えを何一つ疑っていない様子だった。
寧ろ僕の顔を見てニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。いやほんと、キモチワルイ。
「ち、違うんですってば!そんなんじゃない!」
「も~そんなに否定しなくてもいいよ、分かってるんだから~」
「だから違うって……というか、僕なんかこんなだし前原さんとなんて……」
「そんなことないよ!」
梶さんが今までにないほど、強い口調で否定する。
「誰にだって誰かを好きになる権利はあるし、自分なんてとかそんなこと考えるのダメだよ!」
「でも……住む世界が違うから……」
「え?私たち皆同じ人間だよ?何言ってんの?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
「同じとこに住んで、しかも同じ学校通ってんだよ?こんな近くにいられるのに、それでも何もしないで諦めるの?」
「………っ」
彼女の言葉はどれもこれも正論で、痛いくらいに真っ直ぐだった。
僕らには何の壁もない。同じ国に住んで同じ学校にまで通っている。それなのに僕は、勝手に自分はダメだと決めつけて、世界が違うとか僕みたいなオタクなんかとは……なんてそんなどうでもいい些細な言い訳にばかりすがっていた。自分が努力しない言い訳をつくることばかりに必死で、何もしようとしてこなかった。それをたった一瞬で、たった一言で、見破られてしまったのだ。
「大丈夫だよ、高橋くん」
「………え」
「変われるよ、君なら」
そう言った梶さんはふわりと笑った。それが僕にはまるで天使のように、見えてしまったのだ。
我ながらバカバカしいにもほどがあるけれど。それでもその瞬間、彼女は僕にとっての天使そのものだった。