タタリアン
 遊歩道から由香の方に懐中電灯
を照らして誰かが近づいて来る。
 由香が寝ぼけたように立ってい
ると健吾が目の前に現れた。
「どうされたんですか?」
 健吾の声で気を取り戻した由香
は、
「えっ、あ、ちょっと眠れなくっ
て」
「そうですか。でも、ここら辺は
危ないですから気をつけて下さ
い。特にこの池は浅いように見え
ますけど、急に深くなってますか
ら注意して下さい。それに……」
 健吾は親切に周りの危険な場所
の説明をした。
 由香は健吾の優しい声に胸がド
キドキするのを隠すことが精一杯
で、上の空で聞いていた。
「じゃ、そろそろ戻られたほうが
いいですよ」
 健吾はそう言って立ち去ろうと
した。
「あの、あなたは何をされてるん
ですか?」
 由香は興奮が抑えられず、健吾
を引き止めようとしてたわいない
質問をした。
「この池はよく事故が起きるから
夜も見回りしてるんです。ついで
にヤマネがいるんで見に行こうと
思って」
「ヤマネ?」
「そう、知らない?小さくってか
わいい奴」
「知らないです。私も見たいな」
「すぐ近くだから一緒にいきます
か?」
「はい」
 健吾は由香に手をさしだした。
 由香はためらいもなく健吾と手
をつないで森に入って行った。
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