眠りの森のシンデレラ
「それに出ろと?」
「……そういうことだ」
清は琶子絡みのパーティーを、市之助が相談なく決めたことにムッとしていた。
だが、市之助に抵抗するだけ無駄だ、ということも良く知っていた。
「爺さん……市之助氏はこういう人だ」
則武が清の思いを代弁するように、シミジミと言う。
だが、その顔は味方を得たとばかり満面の笑みだ。
則武にとり、イベント成功は、今ある事業の中で最優先事項だ。
一人でも味方は多い方がいい。それが天下の市之助なら百万馬力だ。
「だからねっ、覚悟を決めてね」
裕樹はこの後の展開を考え、ワクワクと瞳を輝かせる。
琶子は裕樹に視線を向け、覚悟とは何ぞや? とジッと見つめる。
すると、裕樹がポッと頬を朱に染め照れる。
「琶子ちゃん、天然? その瞳で男性を見ない方がいいよ」
意味不明の言葉に琶子の視線が、再び裕樹の方を見るが、清がそれを許さなかった。
「お前はこれでも見ておけ!」
怒の混じった声と共にポイと雑誌を渡す。
「これは?」
それは雑誌ではなく、写真集だった。
表紙には、奇抜で豪華な衣装を身に着けた、一目で伯爵や貴婦人と分かる人が写っていた。
「二年前開催されたチャリティー・パーティーの写真だ」
何ですかぁ、これ! むちゃくちゃ美しいじゃないですか!
で、絢爛豪華なこの衣装、いったい幾らするのでしょう?
写真から、お遊びではない大人の本気が滲み出ていた。
お金持ちは何を考えているのだろう、と琶子は感心したり、疑問に思ったりしながら写真集に魅入った。
その横から、則武と裕樹も覗き込む。そして、「ああ、そうだそうだ」と思い出したように話し出す。
「あの時の仮面舞踏会のねっ」
「思い出した。顔が隠れているからって写真集にして……」
「そう! 俺のとこから、一冊十万で一万冊限定出版した。で、即完売!」
「本当、抜け目ないよなぁ」
裕樹の言葉に、則武はフンと鼻息荒く否定する。
「馬鹿か! チャリティーで金など儲けたら、主催者の市之助氏に潰され、今頃無一文だ! 全て慈善行為だ! 全額寄付だ!」
「あっ、思い出した! それからだ。市之助氏が則武のこと『鼻たれ小僧』って言わなくなったのは」
「嗚呼、そうだよ。やっと小僧から昇格、名前で呼ばれるようになった。最初から名前呼びのお前と違ってな! 俺が次男だからって軽視して……クソッ!」
則武は八つ当たりだと分かっているが、忌々し気に裕樹を睨む。
だが、琶子はそれどころではなかった。
十万円! この写真集が! おまけに、即完売! 全く、金持ちの金銭感覚って、とフルフル首を振る。
それでも美しいページを捲るに従い、琶子も何となく納得する。
それだけの価値はあるかも……とその華麗な世界に夢中になる。
「今回、俺はカール大帝だ」
「僕はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。清は?」
「ルートヴィヒ2世。で、琶子はマリー・アントワネットだ」
ハァ? マリー・アントワネット……? 彼女になれと?
イヤイヤ、それは無理でしょう、と琶子は写真集の美しき貴婦人と我が身を見比べる。