眠りの森のシンデレラ

車が到着したのは港だった。
目の前には……「クイーン・ダイヤモンド!」と琶子が叫ぶ。

世間に疎い琶子が何故、船の名を知っているか?

それは、数年前、豪華客船を舞台に物語を書いたからだ。
このクイーン・ダイヤモンドも資料の一つとして調べ、その後、琶子の憧れの客船になった。

だから、この船に関する知識は相当ある。例えば、乗客定員千人の小型客船だが、多彩で豪華な施設が好評で、セレブ・パーティーにもよく使用されているとか、榊原ホールディングスの系列グループ、ローズホテルが運営する客船だとか……。

その船を目前にし琶子は夢心地となる。

「それにしてもシークレット・パーティーの筈なのに、相変わらず情報をキャッチするのが早いな」

則武の言葉で我に返ると、琶子は言葉の指す方を見る。
そこには、客船を遠巻きに、大勢の人が集まっていた。

「まっ、シークレットと言っても、花道作って、レッドカーペット敷いてるから秘密でも何でもないんじゃない」

「それが祖父だ。行くぞ」

クローバーと琶子が車を降りると、瞬時に黒服のボディーガードが四人を取り囲む。小柄な琶子はその中にスッポリ埋もれる。

「キャ~!」「クローバーだわ!」

三人を目にしたギャラリーから「清様!」「則武様!」「裕樹様!」と絶叫が上がり、眩しいほどのフラッシュがたかれる。

琶子はその閃光に眩暈を覚え、野獣の雄叫びにも似た叫声に、恐怖を覚え、思わず清のジャケットを握り、その背に隠れる。

「僕たちの参加は、完全にオープンになっちゃったね」
「勘弁してくれよ。俺、私服なんだけどなぁ。やっぱり後から来ればよかった」

見るからにマスコミ関係と思しき人たちもいる。彼らはカメラやマイク片手に、一般ギャラリーよりも、より近くでスタンバっていた。

裕樹はクスクス笑い、則武は文句を言いながらも片手を上げポーズを取る。

「招待客の船上入りは午後六時だったよね。まだまだ増えるね」

二人の会話を聞きながら、今は二時。増える? 人が? これ以上? 何故?
その理由はパーティーが始まる直前に分かった。

三人への歓声に混じり、「誰? あの女!」と、目ざとく琶子を見つけたファンたちから声が上がる。

俯き加減で顔はよく分からない。貧弱で華奢な少女。
子供にも見えるが……子供ではない。子供でないから大問題だ! とばかりにマスコミも騒ぎ出す。

恐ろしい嫉妬の眼。好奇の眼。
その眼に気付き、琶子の心臓がドクドクと音を立て、顔面蒼白になる。

「大丈夫だ。俺たちが守る」

清の力強い腕が琶子の肩を抱き、琶子の顔を大きな手が隠す。
その姿を見たマスコミは激しくフラッシュをたき、ギャラリーから更に奇声が上がる。

「オイオイ、派手なことするな」
「うん、そのキャラ、則武の筈なんだけど……」

則武と裕樹は苦笑しながらも、共に琶子の盾になる。

「背筋を伸ばせ! 悪いことは何もしていないのだから」
『美しい女性は背筋を伸ばし堂々と前を向くものよ』

清と風子の言葉が重なる。
琶子は思わず笑みを零す。親子だな……と。

「それでいい、イイ笑顔だ」と清も微笑み返す。

この微笑が、後にとんだ騒動になるとは、琶子は露とも思っていなかった。それはクローバーたちも同じだった。

三人とボディーガードに守られ、船に乗り込み、ようやく琶子はホッと肩の力を抜く。

「衣装は用意してある。その前に」

清は琶子の肩から腕を外すと、そのまま琶子の手を握って歩き出す。
もう大丈夫なのに……と琶子はその手を見つめる。

清が向かった先は、ここは船上? と目を疑いたくなるフロアだった。
軒を連ねるのは有名ブランドのブティック。その一角の小さな店に清は琶子をエスコートする。

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