眠りの森のシンデレラ
「あら、桔梗、珍しいわね。今日、仕事は?」
登麻里はキッチンに入ってきた桔梗に一瞬目をやり、またパソコンに向かう。
「ウーン、やっと、ひと段落ついた。小休止」
お腹が空いた、と桔梗はキッチン台に向かう。
「薫は買い出し?」
果物の乗った皿からリンゴを取り、サッと水洗いし、シャクと齧る。
「そう、『抱擁美女と結婚!』報道が出たでしょう。だから、琶子を元気付けるんだって」
ああ、と桔梗はさっき目にした記事を思い出す。
「名付けて『琶子元気復活! ア・ラ・クール・ディナー』だって。何のことやらでしょう」
「言えてる」と桔梗は笑う。
「で、当事者の琶子は?」
「今日はお天気がいいからって、例の場所でお仕事」
「で、彼女大丈夫?」
「エエ、さっき、お茶を飲んでスフレを食べて、元気に出て行ったわ」
「そう、薫のスイーツが喉を通るなら、大丈夫ね」
桔梗はリンゴを齧りながら窓の外を見る。本当だ、いいお天気だ。
夏とは違う抜けるような高い空。赤や黄色に色付いた木々。忙しさに忘れていたが……と桔梗は秋の深まりに、過行く時間の早さを思い知る。
「月日が経つのって早いわね」
桔梗のしみじみとした声に、登麻里はキーを叩く手を止める。
「どうしたの? 今、ちょっと幾重にも連なる年輪が目の前にチラついたわ」
「ん、何となくね。……ねぇ、登麻里先生、私たちって出会って六年よね」
登麻里も空に目をやる。そして、嗚呼、そうか、そんなになるのね、と頷く。
「桃花が、もう五歳だからね。本当、光陰矢の如しねぇ……って、同じようなこと言ってる私もオババみたいだわ」