眠りの森のシンデレラ

「琶子の件と桔梗の件」

榊原邸からの帰宅途中、車中で、ゲンナリ肩を落とす則武がポツリと呟く。

「何故、問題が二つになる……」
「……言うなれば、試練? まぁ、頑張ってね」

慰めもせず、他人事のように言う裕樹を、則武は睨み噛み付く。

「他人事じゃないぞ。全てが丸く収まらなかったらイベントは中止にする。お前の店も痛手を食うぞ」

「記念イベントを中止って……君、滅茶苦茶だね」
「フン、何とでも言え! とにかくだ、最後まで協力しろ!」

呆れる裕樹を鼻であしらい、則武はギリッと唇を噛む。
その横顔を見ながら、裕樹は思い出したように言う。

「……彼女、妊娠していたんだね、あの日」

則武と桔梗の別れの日、裕樹は則武の自棄酒に付き合った。

「お酒に強い則武が、あんなに酔うなんて、前代未聞だったよ」

裕樹が思い出し笑いをした途端、則武が裕樹の後頭部を叩く。

「黙れ! 料理バカで恋愛知らずのお前に何が分かる」
「……知っているよ、僕だって」

空耳かと思えるほど小さな声が則武の耳に届く。

「エッ」と則武は横を見る。
「マジでか? 相手は誰だ? 俺の知っている奴か?」

矢継ぎ早に訊ねる則武を横目に、裕樹は窓の外に目を向ける。

華やかなイルミネーションに彩られた街は、昼間とは違うアダルトな雰囲気がする。

十二月に入ると尚更、煌びやかに光は輝きを増すが、少し違うのは、クリスマス仕様に変わった途端、神聖でメルヘンチックさを感じることだ。

クリスマスか……裕樹は九年前のその日を思い出す。

窓ガラス越しの明かりの中に、忘れられない愛しい人の姿が浮かぶ。
手に入れた途端、一瞬で消えてしまった幻の恋人、ナナの姿が……。

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